セクハラ被害の告発相次ぐ

ハリウッドの有名プロデューサーや、人気俳優のセクハラ問題を皮切りに、日本でも国会議員によるセクハラや強制わいせつなどの告発が相次いでいます。

セクハラは、特別な世界で起こる特別な出来事ではなく、日常茶飯事で経験する「いつものこと」です。
「小さな」と扱われてしまいそうなセクハラも合わせれば、毎日のようにセクハラを受けたり見たりしています。

特に、「セクハラ」に関する意識や知識が薄かった「一昔前」を過ごしてきた世代にとっては、「このくらいのこと」「コミュニケーションでしょう」「場の空気を和ませるために」と軽い気持ちで致す、「いつものこと」です。

あるいは、お酒の席では「多少のセクハラはあるべき」なんて信じている方も少なくないようです。

しかし、セクハラは、「された人」が不快と感じればセクハラです。
コミュニケーションであろうが、場を和ませるためであろうが、笑いをとるためであろうが、受け手が嫌だと感じるコトは、してはいけませんし、「嫌だ」と言われたら、逆ギレしてはいけません。

よくある逆ギレが、
「このくらいのことでセクハラと言っていたら空気が悪くなる」
「こちらはコミュニケーションのつもりなのに、自意識過剰だ」
「俺を誰だと思っているんだ、何様だ」
などのパターンです。

愚の骨頂です。
このような逆ギレや周囲の嘲笑が、被害者が声を上げる勇気を邪魔するのです。
どんなに苦痛でも笑って取り繕い、おおごとにせず、自分が我慢すれば丸く収まる、という逃げ場のない状況を生み出すのです。

逆ギレする人に、問うてみてください。
「同じことを、あなたの娘さんや奥様がされたら、どう感じますか?」

上司から手を握られたら・・・
キスを迫られたら・・・
一緒にお風呂に行こうと誘われたら・・・

けしからんと、思うのではないでしょうか。
だとしたら、それはセクハラになり得る行為なのです。

ところで、場を和ませるために冗談で、と言う人がよくいますが、性的な冗談でしか空気を和らげられないような話力を、今すぐ特訓して改革すべきです。
誰かの人権を犠牲にしてまで和ませるべき空気が、仕事上存在するとも思えませんし、それが必要な会社は健全とは言えません。

セクハラは、他人から自由意思を奪い、自分の欲求や感情の支配下に置き従わせ、精神的苦痛を与える、【人権侵害】に他なりません。
一緒に働く全ての人を、対等な働き手として尊重していないから起こることです。

この平成も終わろうという今の時代に、いまだにこんな言動をしてしまう人がいるの?と耳を疑うようなハラスメントが、日常茶飯事的に起きています。
うちの会社は大丈夫、と油断せず、明日は我が社と危機意識を持ち、セクハラ防止教育を徹底すべきです。
そして、被害の声が届いたら、冷やかしたり軽んじたりせず、真摯に受け止め、問題の本質に到達するまで深く掘り下げて解決に当たらなければなりません。