フジテレビ問題は、日本の全企業に大きな動揺をもたらしています。
どの企業でも起こりそうな問題で、あれほど大きな企業が、経営危機に陥るという現実。
これまで対岸の火事と捉えていた多くの企業も、自社ごとと捉え、危機感を強めています。
本事案は、被害者が当時在籍していたフジテレビ(以下「会社」とする)が、会社の有力取引先である著名人(以下「加害者」とする)からの性暴力被害の申告を受けたにもかかわらず、適切な対応を怠り、加害者との取引を継続させ、結果として業務復帰を希望していた被害者がそれを断念して退職を余儀なくされたものです。
会社は、ステークホルダーに対する説明責任を果たさず、結果としてステークホルダーから厳しい非難を受け、社会的信用が失墜し、取引停止等が続き、経営上危機的状況に陥っています。
フジテレビと親会社が設立した第三者委員会が、2025年3月31日、調査報告書を公表し、「『業務の延長線上』における性暴力であったと認められる」という判断を示しました。
以下は、膨大な報告書を、一般企業様も応用できるよう至極簡潔にまとめたものです。
※多くは報告書を抜粋・引用しています。
判断要素
第三者委員会は、以下の要素に基づき、「業務の延長線上における性暴力であった」と判断しています。
性暴力とは
「性暴力」には「同意のない性的な行為」が広く含まれており、「性を使った暴力」全般を意味する。
「同意」について、何に対する同意なのか(本事案では、被害者は「二人で食事をする」という限度の同意であったが、加害者の解釈とは齟齬が生じていた)、真意に基づく同意であったかという点で、業務上の重要取引先である加害者と、入社数年目の一般社員との間には圧倒的な権力格差があり、加害者の誘いを断ることの仕事や会社への影響を考えてなされた同意は、真意に基づくものではないと考えられる。
業務の延長線上であるか
加害者と被害者は仕事で接点を持ち、プライベートな関係はなく、加害者は被害者が在籍する会社の有力な取引先である場合、被害者が業務上の友好な人間関係を構築・維持し、円滑な業務遂行を優先することは当然であるため、二人で食事をしたとしても、業務上の人間関係が継続していたと考えられる。
また、被害者が業務上友好な関係性を構築・維持すべきと考える人物との対話や会合は、業務の延長線上にあるといえます。
事案報告を受けた上層部はどのような対応をとるべきだったのか
報告を受けた上層部が、本事案を「プライベートな男女間のトラブル」と認識し、また被害者の自死を恐れるあまり思考停止に陥り、責任を回避し、本事案への適正な対応に向けた積極的な行動をとらなかったことが問題である。
会社が、被害者に寄り添わず、漫然と加害者との取引を継続させることによって被害者の戻りたい職場を奪い、加害者の利益のためとみられる行動をとったことは、二次加害行為にあたる。
また、経営リスクの高い案件についての重要な意思決定が、特定ラインの、それも被害者と同じ女性が関与しない同質性の高い壮年男性3名のみで行われたのは、取引先による社員に対する人権侵害の問題、会社社員に対する安全配慮義務の問題であること、コンプライアンスや経営リスクの問題であることを認識できず、「性暴力」「ハラスメント」「人権侵害」 という視点を欠いていたことによる。
被害者支援の専門家の助言も受けることはなかった。
本事案への対応においては、対応方針の決定、調査の進め方、被害者の救済と二次被害防止措置、業務復帰のための環境整備などについての専門的な助言を得るべきだった。
そもそも、被害者の意思の確認や、事実調査には一定のスキルを要するものであるところ、通常のラインの上司がそのようなスキルを備えていることはほぼないのであって、一次対応を発生部署に委ねていること自体が問題である。
また、ハラスメント事案が発生した部署の上司は、当該部署の責任者であり、管理監督責任を問われかねない立場にあるため、事案を丸く納め、問題を大きくしないために被害者を言いくるめるといったことも行われかねないのであり、そのような利害関係を有する上司が対応に関与することも適切ではない。
その意思決定の際は、同質性の高い役員等数名のみではなく、段階に応じた外部専門家の助言を受けることが重要です。
<本事案においてあるべき具体的対応>
①加害者からの事実確認
②被害者の意思確認と方針説明
③被害者の職場復帰に向けた対応
④人権尊重責任に基づく被害者救済
企業の人権尊重責任に基づき、人権侵害の被害者救済のためのメカニズムの構築が求められています。
不適切な会合とは
第三者委員会が調査する中で、会社において取引先との間における食事会・飲み会・接待・会合等(以下総称して「会合」という)の中で、一部に不適切と考えられる会合の実態が垣間見えたといいます。
※様々な会合において、性別が異なる取引先、社員等が同席することは日常的にあり得ることであり、それ自体を批判の対象とするものではない。
適切な会合の要件
適切な会合の要件例として、第三者委員会は以下を挙げています。
①招待・同席の理由に正当な理由が認められること
- 業務上の必要性・関連性(同じ事業に関与している等)がある人物に同席を求める場合
- 共通の知人・友人等について同意の上で同席を求める場合
- 業務に必要な人脈を広げるために取引先に紹介を行う場合、等
かつ
②参加した先でハラスメント等の不適切な言動が行われないこと
以上の条件が失われた会合については、その適切性に疑問が生じるとしています。
不適切な会合
取引先との間で行われる会合について、大きく分けて以下のいずれかの状況がある場合に、これを不適切なものと判断するとしています。
①社員の性別・年齢・容姿などに着目して会合に呼ぶこと(会合の前)
例えば、取引先が気に入りそうな異性の社員を同席させるなど、社員の性別・年齢・容姿などに着目して取引先の歓心を得る手段として利用すること。
または、取引先の歓心を得ることを期待して、性別・年齢・容姿などに着目して、いわゆる接待要員として社員を同席させ、その目的に従った振る舞い(お酌等の行動)を要求すること。
②社員のセクハラ被害を黙認・助長すること(会合の最中)
例えば、社員へのセクハラ被害を認識しつつ放置したり、取引先等の男性と女性社員を二人きりにする機会を設けたりするなど、セクハラ被害を黙認又は助長し、あるいはセクハラ被害の危険を増加させる機会設定に関与すること。
社員がセクハラ被害を受けているのに放置したり、加害行為をする可能性の高い取引先や重役等と社員を二人きりにしたりすることは、「黙認・助長」にあたります。
ハラスメントに対し会社に求められる対応
ハラスメント問題に関する認識
ハラスメントの問題について、当事者間の問題であり、当事者が納得すればそれでよいとして処理するのではなく、被害者の意思が尊重されるべきことは言うまでもないが、他方で、仮にハラスメントの被害者が加害者に対する厳正な処分を望んでいないとしても、ハラスメントの有無を確認し、ハラスメントの加害者を処分しなければならない。
ハラスメントを許容・容認してはならないのであって、ハラスメントがあった場合には、厳正に対処しなければならない。
被害者の意思を十分に確認する
ハラスメントへの対応を被害者の外形上の意思に委ねてはならない。
社内において表明される被害者の意思は、ハラスメントに対して厳正な処理がなされない(相談しても意味がない、厳正に対処してもらえない、申告すれば被害者が異動させられる、等)企業風土を前提とした諦めが反映されており、真意ではないと考えられる。
このようなハラスメントの被害者が異動させられたり、厳正な対処がなされない状況自体が誤りであり、被害者において相談をしても意味がないと思わせている状況のままに被害者の意向をそのまま受け入れるべきではない。
適切な調査・処分を行うことは当然の前提として、ハラスメント被害の申告をためらわせない環境を実現しなければならない。
また、ハラスメントに対し厳正に対処することで、申告を諦めざるを得ない環境を改善しなければなりません。
再発防止に向けた提言
被害者の心情に真摯に向き合い、被害を救済し、二次被害から守り抜くこと
被害者は、被害を申告して自分の居場所を失ってしまうこと、加害者や周囲から自分のことを詮索され、特定され、報復を受けること、SNS等で誹謗中傷されることに強いおそれを抱くものである。
以下を社内決議し、開示するべきである。
- 第三者委員会の調査に協力した役職員に対し、決して不利益な取扱いをしない
- 第三者委員会の調査に協力した役職員に対して不利益な取扱いをした場合、取締役会決議に違反する重大な不適切行為と認める
- 第三者委員会の調査に協力して不利益な取扱いを受けた役職員は、直ちに第三者委員会または会社に被害申告されたい
人権尊重を基軸に据えた事業と経営の体制構築
真に人権尊重に資する3つの取組みを迅速に進めること
会社は、改めて取締役会がリーダーシップを発揮してハラスメントリスクを含む重要な人権課題に関して十分に議論を尽くし、人権尊重のための3つの取組みを迅速に進めるべきである。
①人権方針実施体制の見直し
人事部や制作部なども含む部署横断的な体制を構築し、これを実施・監督していくことが必要。
②人権デュー・ディリジェンスの強化
一般的なアンケートの実施にとどまらず、ハラスメントを含む重大な人権侵害のリスクに関してより詳細な調査を行うとともに、取引先の人権課題に関して調査や対話を進め、その人権侵害のリスクを防止・対応していく必要がある。
③人権救済メカニズムの構築
人権侵害の被害者が安心・信頼して相談・通報できるように、被害者のケアや二次被害の防止を考慮しつつ、実効性のある人権救済メカニズムを強化・構築していくことが必要。
社外に新たに、人権侵害に関する相談・通報を受け付ける人権救済窓口を設置することが必要である。
ハラスメントという重要な人権問題に関するリスク管理体制を見直すこと
性的暴力・ハラスメントなどの人権問題は、会社経営に重大な影響を与える重要な経営課題であることを認識し、取締役会のリーダーシップの下で、そのリスクを効果的に管理するためにコンプライアンス・リスク管理体制を強化する必要がある。
<被害の未然防止を図る体制(予防統制)の構築>
- ルールの明確化
- 加害者になり得る層への教育研修(人権意識の涵養)、などを行う必要がある。
<被害の早期発見・早期是正を図る体制(発見統制)の構築>
- 被害者になり得る層への教育研修(人権意識の涵養)
- コンプライアンス推進室の信頼回復
- 人権救済メカニズムの構築、などを行う必要がある。
こうした施策の推進も、コンプライアンス推進室などの部署に任せきりにするのではなく、取締役会がリーダーシップを発揮して進めるべきである。
取引先等からのハラスメント(カスハラ)に対応する体制を構築すること
取引先・関係先からのハラスメントに対応する体制を構築するとともに、取引先・関係先との健全な関係性を構築するための双方向の対話を始めるべきである。
なお、「性別・年齢・容姿などに着目して呼ばれる会合」を一掃する際は、若い女性社員が、男性に比べて機会を減じられる不利益を被らないよう、十分な配慮が求められる。
そして、より包括的なカスハラ対応として、取引先や関係先からハラスメントや不当要求を受けたときの現場対応、相談先、サポート体制などを構築し、これをまとめた現場マニュアルを配付して研修周知するなど、カスハラから社員を守ることが求められる。
人材の多様性(ダイバーシティ)の確保
組織の強い同質性・閉鎖性・硬直性と、人材の多様性(ダイバーシティ)の欠如が、思慮の浅い経営判断、セクハラを中心とするハラスメントに対する感度の低さをもたらす。
ジェンダーダイバーシティをはじめとする多様性を確保し、同質性等による弊害を解消することが求められる。
支配的な地位に年配の男性が多いという男性優位構造が強い組織の場合、年齢構成の多様性を持たせることに加え、特に女性役員や上級管理職の女性比率を上げることは早期に実現されるべきである。
その際、若年層や女性が、単なる数合わせとしてではなく、個人として尊重されること、安心して自由に意見を述べられることが重要である。
また、女性に、「セクハラの受け流しスキル」や「女性ならではのケア・配慮」が求められたり、リーダー職に就くためには女性に男性と同じように働くことを求める組織風土では、女性その他のマイノリティが能力を発揮しにくい。
ジェンダーギャップやジェンダーバイアスの視点を持ちながら、職場環境の改善にも取り組むことが肝要である。
また、性暴力やハラスメント等の人権問題を、会社経営の重要な課題と位置づけ、取締役会のリーダーシップの下で、コンプライアンス・リスク管理体制を強化することが大切です。
さらに、カスハラへの対応体制を構築し、そのカスハラが重要取引先からのものであったとしても、社員を守る方針を貫くことが求められます。
そして重要なのは、多様性の確保=ダイバーシティの推進です。性別や年代の同質性による弊害を解消するために、女性役員や上級管理職の女性比率を上げ、彼女たちが個人として尊重され、安心して自由に意見を述べられる心理的安全性の高い環境を構築することです。
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