香川照之さん、「女性の体触る」週刊誌報道

週刊新潮が、俳優の香川照之さんが2019年に銀座のクラブでホステスの体を触るなどしたと報じた件の、余波が続いています。

被害者を責めるのは加害行為と同罪

インターネット上には、「逃げられたよね」と被害女性を責める声もあるようですが、それは違います。
セクハラを受けた側は、逃げたり拒絶したりなど、到底できるものではありません。

本件は、クラブというやや特殊な現場で発生した問題ですので、この件は置いておきまして、一般的なケースで考えます。

セクハラやパワハラは、力関係において上位にある者から受ける行為ですので、下位者がそれに対し拒絶したり叱責したりすることは、簡単ではありません。

特にセクハラは、パワハラと比べ、被害者への非難が強い傾向にあります。
非難を受ければ、被害者は自分を責め、追い詰められ、命は危機にさらされます。
また、周囲や世間のそのような反応を予測できるがゆえに、多くの被害者は、被害の声を上げたくても上げられないまま、泣き寝入りし、一人で苦しみ、やはり命が危機にさらされます。
被害者を責める風潮は、絶対に根絶しなければなりません。

「触れていい他人」はほぼゼロ

一般企業の従業員でも、芸能人でも、スポーツ選手でも、完全に自由な意思のもとでなされた「合意」が明確にある場合や、救命の必要性がある場合、あるいは業務遂行上当然に必要性が認められる場合を除き、性別や同性か異性かを問わず、他人が他人の身体に指一本でも触れることは、「わいせつ行為」や「暴力」に該当し得ます。

その指一本で、多くの人の人生が狂います。
自分も、相手も、家族も、多数の関係者たちも、多くのものを失うことになるでしょう。
自分と他人の皮膚との間には、触れれば致命傷を負いかねないような危険な境界線がある。その境界線を越えるのであれば、相応の覚悟と緊張感を持たなければなりません。

酔っ払っていようと、悪ふざけであろうと、周囲に煽られようと、越えてはならない一線です。

一般的には、他人の身体に触れることが許されるのは、家族と、医療・介護従事者くらいでしょうか。

「合意」は「疑わしい」

では、本件とは異なりますが、「触っていい?」「いいよ」というような合意があった場合はどうでしょうか。
取引関係や上下関係、主従関係にある者の間でなされた「合意」は、「疑わしい」と考えられます。
後々「強要された合意だった」「逆らえなかった」「畏怖を感じた」と、強迫による意思表示であったと主張されれば、合意は無効となり得ます。

ゆえに、特に社会的地位を有しそれを守るべき人は、「嫌がる人が多いであろうこと」は、しないことです。
接触や、半径50cm以内への接近は、「嫌がる人が多いであろう行為」ですので、相手の合意を得たとしても、真意が「疑わしい」ので、控えるべきです。

また、本当に完全に自由になされた合意があったとしても、万が一録音・録画されていて、世間に公開されたら恥ずかしくて生きていられなくなりそうなことは、やはりしないでおくことです。
壁に耳あり障子に目あり、明日は我が身です。