カスタマーハラスメント(カスハラ)対策の義務化とは、顧客や取引先による暴言・威圧・過剰要求などから従業員を守るため、企業に具体的な防止措置を講じることが求められる法的枠組みを指します。近年、労働施策総合推進法の改正議論を背景に、企業の安全配慮義務および職場環境配慮義務の一環として、相談体制整備・方針明確化・対応手順策定などの実務対応が強く求められる局面に入っています。これは単なる接客マナーの問題ではなく、企業の統治責任とリスク管理の問題です。
近年、顧客や取引先からの不当な要求や暴言、過度なクレーム対応が、現場の負担や離職要因として顕在化しています。
いわゆる「カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)」は、個々の従業員の対応力の問題ではなく、企業の業務設計・マネジメント・責任分担のあり方が問われる経営課題です。
2026年に向けた法改正・指針の整備は、企業に対し、「現場の善意に依存した対応」から「構造としての対応」への転換を求めています。
本稿では、カスハラの基本的な定義と背景、そして企業に何が求められるのかを、全体像として整理します。
カスハラ(カスタマーハラスメント)とは
カスハラとは、顧客・利用者・取引先などが、企業や従業員に対して行う、社会通念を逸脱した不当な要求、威圧的言動、継続的な迷惑行為等を指します。
職場における「カスタマーハラスメント 」とは
職場において行われる
①顧客等の言動であって、
②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、
③労働者の就業環境が害されるもの
であり、①~③の要素を全て満たすもの
※電話やSNS等のインターネット上において行われるものも含まれます。
①顧客等とは
顧客、取引の相手方 、施設(駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設等)の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者を指します。
(今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある者も含みます。)
②社会通念上許容される範囲を超えた言動の例
言動の内容が社会通念上許容される範囲を超えるもの
- そもそも要求に理由がない又は商品・サービス等と全く関係のない要求
- 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求
- 対応が著しく困難な又は対応が不可能な要求
- 不当な損害賠償要求
手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えるもの
- 身体的な攻撃(暴行、傷害等)
- 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)
- 威圧的な言動
- 継続的、執拗な言動
- 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)
※重要なのは、「クレーム」や「正当な苦情」とは本質的に異なる点です。
- 正当なクレーム:商品・サービスの品質や対応に関する合理的な改善要求
- カスハラ:要求内容や手段が社会的相当性を欠き、従業員の尊厳・安全・就労環境を侵害する行為
この線引きが組織として明確になっていない場合、現場は「顧客対応の一環」として不当な行為を受け入れ続ける構造に置かれます。
なぜ今、企業責任として整理されているのか
カスハラが社会的・制度的な論点として扱われる背景には、次の構造変化があります。
- サービス業・対人業務の高度化
顧客接点の複雑化により、対応の裁量が現場に集中している - 人材確保の困難化
不当対応が常態化する職場は、採用・定着の面で競争力を失う - ハラスメント概念の拡張
職場内のみならず、職場外の第三者行為も「労働環境リスク」として認識されるようになった
これにより、カスハラは、「現場のストレス問題」ではなく、企業が適切な労働環境を提供しているかという経営責任の問題として位置づけられています。
2026年に向けた法改正・指針の方向性
カスタマーハラスメントの防止のために講ずべき措置
事業主は、以下の措置を必ず講じなければなりません。
事業主の方針等の明確化及びその周知 ・啓発
①カスタマーハラスメントには 毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発する
②カスタマーハラスメントの内容及び あらかじめ定めた対処の内容(※)を、労働者に周知する
※ 管理監督者にその場の対応の方針について指示を仰ぐ、可能な限り労働者を一人で対応させない、犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する、本社・本部等へ情報共有を行い指示を仰ぐ 等
相談体制の整備
③相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知する
④相談窓口担当者が、適切に対応できるようにする
事後の迅速かつ適切な対応
➄事実関係を迅速かつ正確に確認する
⑥被害者に対する配慮のための措置を行う
⑦再発防止に向けた措置を講ずる
対応の実効性を確保するために必要なカスタマーハラスメントの抑止のための措置
⑧特に悪質と考えられるカスタマーハラスメントへの対処の方針をあらかじめ定め、労働者に周知し、当該対処を行うことができる体制を整備する
そのほか併せて講ずべき措置
⑨相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知する
⑩相談したこと等を理由として不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発する
- 対策を講ずる際には、消費者の権利や、障害者差別解消法における、障害を理由とする不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮の提供義務に留意する必要があります。
- その他、自社の労働者が取引先等の他社の労働者に対してカスタマーハラスメントを行った場合、その取引先等の事業主から事実確認等の措置の実施に関して必要な協力を求められた際は、これに応じるよう努めなければなりません。
事業主・労働者の責務
以下の事項に努めることが、事業主・労働者の責務です。
事業主の責務
- カスタマーハラスメントを行ってはならないことその他カスタマーハラスメントに起因する問題(以下「カスタマーハラスメント問題」という。)に対する労働者の関心と理解を深めること
- 労働者が他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をすること
- 事業主自身がカスタマーハラスメント問題に対する関心と理解を深め、他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払うこと
労働者の責務
- カスタマーハラスメント問題に対する関心と理解を深め、他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払うこと
- 事業主の講ずる雇用管理上の措置に協力すること
他の事業主の講ずる雇用管理上の措置の実施に関する協力
事業主は、カスタマーハラスメントに関し、他の事業主から、事実関係の確認等の雇用管理上の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるよう努めなければなりません。
- 協力を求められたことを理由として、他の事業主に対し、契約を解除する等の不利益な取扱いを行うことは望ましくありません。
- 事実関係の確認等に協力した労働者に対して、解雇その他不利益な取扱いを行わない旨を定め、労働者に周知・啓発することが望ましいです。
- 事実が確認できた場合は、事業主は、就業規則等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずることが望ましいです。
カスタマーハラスメントを防止するための望ましい取組
事業主は、カスタマーハラスメントを防止するため、次の取組を行うことが望ましいです。
- カスタマーハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための取組
- 労働者が自社の商品やサービスをよく理解し、顧客等への対応力の向上を図るための研修等
- 労働者が顧客等への理解を深めるための必要な取組
- 労働者や労働組合等の参画を得つつ、雇用管理上の措置の運用状況の的確な把握や必要な見直しの検討等に努めること
- 業種・業態等の状況に応じた必要な取組を進めること
- 他の事業主が雇用する労働者に対してカスタマーハラスメントを行ってはならない旨の方針を示すこと
自らの雇用する労働者以外の者に対する顧客等の言動に関し行うことが望ましい取組
- カスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針の明確化等を行う際に、職場における当該事業主が雇用する労働者以外の者(他の事業主が雇用する労働者、個人事業主等)に対する顧客等の言動についても、同様の方針を併せて示すこと
- これらの者からカスタマーハラスメントに類すると考えられる相談があった場合には、雇用管理上の措置も参考にしつつ、必要に応じて適切な対応を行うように努めること
※例えば、小売店において、商品のメーカーに雇用されている労働者(当該小売店に雇用されている労働者ではない)が商品販売のために勤務している場合などが該当します。
対応の実務
以上の取組を強化するための対応を、独自の視点で整理します。
1.カスハラ対策義務化の本質は「現場対応」ではなく「統治の設計」
カスハラという言葉が広まると、議論は往々にして次の方向に流れます。
- 現場に我慢をさせない
- クレーム対応を強化する
- マニュアルを作る
しかし、法改正の趣旨は、個々の対応力の問題ではありません。
問われているのは、企業として「従業員を守る意思決定構造を持っているか」です。
- 不当要求に「NO」と言える組織か
- 現場に判断を丸投げしていないか
- 売上や顧客満足を優先するあまり、従業員の安全を後回しにしていないか
カスハラ対策義務化は、現場オペレーションではなく、企業ガバナンスの問題として捉える必要があります。
2.実務対応の全体像:4つの設計ポイント
企業対応は、大きく次の4層で設計されます。
① 方針(ポリシー)の明確化
まず必要なのは、会社としての公式なスタンスです。
- カスハラを許容しないという明確な宣言
- 従業員の安全・尊厳を守ることを優先する原則
- 不当要求への対応方針(対応しない、打ち切る等)
ここが曖昧なままだと、現場は常に、「顧客を優先すべきか」「従業員を守るべきか」の板挟みに遭います。
② 定義と判断基準の設計
次に重要なのは、「どこからがカスハラか」を組織として定義することです。
- 正当なクレームとの線引き
- 言動・要求内容・頻度・態様の観点
- 対応継続可否の判断基準
個人の感覚に委ねると、対応のばらつきや過剰対応が生じます。
判断基準を組織知として形式化することが、ガバナンスの要点です。
③ 対応プロセスとエスカレーション設計
現場に「断る勇気」だけを求めるのは現実的ではありません。
- 一次対応での標準対応フロー
- 上長・専門部署へのエスカレーション経路
- 対応中止・出禁・法的対応の判断ルート
重要なのは、現場が“孤立しない構造”を用意することです。
個人対応の限界を前提に、組織対応へ移行する設計が求められます。
④ 記録・再発防止・経営へのフィードバック
カスハラ対策は、一度整備して終わりではありません。
- 事案の記録・蓄積
- 類型化によるリスク把握
- 経営層への定期的な報告
- 業務設計や顧客対応方針の見直し
これは「現場の苦情管理」ではなく、経営リスク管理の一部として位置づけるべき領域です。
3.パワハラ対策との構造的な共通点
カスハラ対策義務化は、パワハラ対策と同じ構造を持ちます。
- 個別事案への対応ではなく
- 組織としての「防止措置義務」
- 体制・方針・教育・相談・対応プロセスの整備
つまり、カスハラ対策は新しいテーマでありながら、ハラスメント対策ガバナンスの延長線上にあると整理できます。
パワハラ対策が「人格の侵害」への対応だとすれば、カスハラ対策は「顧客という外部からの侵害」への対応です。
いずれも、個人を守る仕組みを組織として実装できているかが問われています。
4.よくある失敗パターン
実務で多いのは、次のような対応です。
- マニュアルを作ったが、使われていない
- 「現場で判断して」と丸投げしている
- クレーム抑止を優先し、従業員の負担が増えている
- 相談窓口はあるが、実際に頼ると評価に影響する雰囲気がある
これらはすべて、制度はあるが、統治として機能していない状態です。
5.経営にとっての意味:カスハラは「人材リスク」
カスハラ対策は、単なるコンプライアンス対応ではありません。
- 離職率
- メンタル不調
- 現場の疲弊
- サービス品質の低下
これらはすべて、経営上の人材リスクに直結します。
「顧客第一」の名の下に、従業員の安全や尊厳が犠牲になっている組織は、中長期的には競争力を失います。
まとめ
カスハラ対策義務化に対して、企業が問われているのは、
- クレーム対応力の強化ではなく
- 従業員を守る意思決定構造を持っているか
- 不当要求に組織として線を引けるか
という統治の成熟度です。
対応の巧拙は、現場のスキルではなく、経営としてどのような設計をしているかで決まります。
カスハラ対策は、ハラスメント対策・働き方改革・人材戦略と連動する、経営課題の一部として位置づけるべきフェーズに入っています。
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投稿者
- ケンズプロは、ハラスメント等心理社会的リスクを管理し、健康的な心理社会的職場環境を実現するための組織ガバナンス設計・実装支援ファームです。
