中部電力の調査報告書から考える「正当化する組織」

企業不祥事が起きると、「コンプライアンス意識の不足」「担当者の倫理観」が問題にされ、研修やルールの強化が行われます。しかし、本当に怖いのは、悪いと知りながら不正をする組織ではありません。「自分たちの判断は正しい」と信じ、不適切な行為を組織内部で正当化できてしまう組織です。
中部電力の一連の不適切事案に関する調査からは、経営と現場の情報断絶、過大な要求、専門組織の閉鎖性、異論の消失、牽制機能の形骸化などが重なることで、不適切な判断がむしろ組織内部では合理的な選択になっていく危険性が見えてきます。

「コンプライアンスを知らなかった」のではない

中部電力の不適切事案に関する調査で、特に考えさせられるのが「独自の正当化理論」という指摘です。
問題となった行為について、単純にルールを知らなかった、悪いことだと分かっていながら意図的にルールを破った、というだけでは説明できません。

そこには、
「自分たちの考え方の方が実態に即している」
「この方法でも本質的には問題ない」
「目的を達成するためには必要である」
といった、組織内部では一定の合理性を持つ考え方があったとされています。

これは企業にとって非常に重大な問題です。
コンプライアンスと自分たちの論理が衝突したとき、「自分たちの方が正しい」と考え得る組織では、研修を増やすだけでは不正を止められません。

現場を知らない経営から「結果を出せ」と言われる

もう一つ重要なのが、経営と現場との距離です。

現場には、努力だけでは解決できない事情や専門的な制約があります。
しかし、上層部がその実態を十分理解しないまま、期限や成果を強く要求すれば、現場には大きな圧力がかかります。

経営から「結果を出せ」と言われる。
管理職は、その要求を達成しなければならない。
しかし、現場から見れば正規の方法では達成が難しい。
↓
そのとき、「目標を守るか、ルールを守るか」という二者択一が生まれます。

過大なノルマは、単なる労務管理の問題ではありません。
場合によっては、組織が不正を生み出すインセンティブそのものになります。

売上、利益、工期、納期、生産量、契約件数、人員削減――。
経営が問うべきなのは、「目標を達成したか」だけではありません。
その目標設定によって、現場にルール逸脱の圧力を生じさせていないか。
ここまでが経営の責任です。

「できません」と言える組織か

厳しい目標そのものが、直ちに問題なのではありません。

重要なのは、現場から経営へ、
「この期限ではできません」
「その前提は現場の実態と違います」
「この方法では別のリスクが発生します」
「目標を達成するには、このルールとの両立が困難です」
と情報を返せることです。

経営の指示を実行することだけが管理職の役割ではありません。
現場で起きている事実を、経営に正確に戻すことも管理職の重要な役割です。
ところが、経営の意向が強すぎたり、「できない理由を言う人」が評価されなかったりすれば、都合の悪い情報は次第に上がらなくなります。
やがて経営には「順調です」という情報だけが届き、現場では、その報告と現実との帳尻を合わせる仕事が始まります。
不正の前には、しばしば情報の歪みがあります。

内部通報制度があっても、不正は止まらない

今回の事案でも考えるべきなのが、牽制機能の実効性です。

内部通報制度、コンプライアンス部門、内部監査、専門家などを設置していれば、形式上はガバナンス体制が整っているように見えます。

しかし、制度があることと、制度が機能することは別です。

問題を指摘する情報が入っても、
「現場ではそういうものだ」
「専門的には問題ない」
「そこまで重大な問題ではない」
という内部論理によって処理されれば、せっかくの警告も消えていきます。

特に危険なのは、牽制する側まで組織内部の「正当化理論」を共有してしまうことです。

内部通報制度の実効性を測るなら、通報件数だけを見るべきではありません。
組織にとって不都合な情報が、途中で薄められずに意思決定者まで届き、実際の是正につながっているか。
ここまで確認する必要があります。

専門性が高い組織ほど「閉鎖系」になる

原子力に限らず、高度な専門性を持つ組織には別の難しさがあります。

医療、建設、IT、研究開発、金融、製造技術、大学などでも、「専門家でなければ分からない」という領域は当然存在します。

しかし、それが、
「専門家以外は口を出せない」
「この部署の判断はこの部署でしか検証できない」
へ変わったとき、専門組織は閉鎖系になります。

専門性が高い組織ほど、専門家を信頼することと同時に、専門家の判断を誰が、どのような視点から検証するのかを設計しておかなければなりません。

専門性は、牽制を不要にする理由にはなりません。
むしろ、専門性が高いからこそ、独立した牽制が必要になります。

「今まで問題なかった」が危険な理由

組織の正当化は、一日にして生まれるものではありません。

「以前もこうしていた」
「今まで問題にならなかった」
「現場ではこれが普通だ」
「形式的には問題でも、実質的には問題ない」
こうした小さな判断が積み重なります。

そして、過去に問題にならなかったという事実が、次の判断を正当化します。
例外だったものが慣行になり、慣行が「この会社の常識」になり、最後には外部のルールより内部の常識が優先されるようになります。

企業不祥事を調査するとき、問題となった行為だけを見ていては十分ではありません。
「なぜ、この組織ではそれが正しいと思えたのか」まで遡る必要があります。

不正は「人」ではなく「構造」から見る

不祥事が起きれば、行為者を処分する必要がある場合もあります。
しかし、その人を組織から取り除けば再発防止が完了するわけではありません。

今回の事案から一般化して考えるなら、

経営の過大要求
× 現場情報の上方伝達不全
× 異論を受け止めない意思決定
× 専門部署の閉鎖性
× 内部論理による正当化
× 牽制機能の形骸化

が重なることで、不適切な行為が組織内部では「合理的な選択」になってしまうことがあります。

この構造を残したまま担当者だけを替えれば、別の誰かが、いつか同じ判断をする可能性があります。

「正しい判断が必然になる構造」をつくる

コンプライアンスとは、従業員一人ひとりに「正しくありなさい」と求め続けることだけではありません。

  • 現場の事実が経営まで届く
  • 異論を言っても不利益を受けない
  • 達成困難な目標について相談できる
  • 例外的な判断には記録と説明が求められる
  • 専門家の判断にも独立した牽制が働く
  • 内部通報が実際の是正までつながる
  • そして経営自身が、自らの指示によって現場にどのような圧力が生じているかを検証する

こうした仕組みを積み重ねることで、不正を”個人の良心だけ”に頼らず防ぐことができます。

企業が目指すべきなのは、「不正をする人がいない会社」だけではありません。
不正や不適切な判断を、組織の中で正当化しにくい会社です。

ガバナンスとは、正しい判断を個人の勇気に委ねることではなく、正しい判断が必然になる構造をつくることであると考えます。

ケンズプロの論理との接続

報告書から見える問題 当社の論理
独自の正当化理論 判断基準・規範ガバナンス
経営が現場実態を把握せず叱責 管理職・経営層の意思決定ガバナンス
現場から正しい情報が上がらない 情報設計・異論制度化
内部通報等が存在しても機能しない 内部通報実効性・監督保証
専門部署を内部から牽制できない 独立した監督・保証ガバナンス

本事案は、当社論の「ガバナンス=正しい判断が必然になる構造」を説明しているケースと考えられます。
本事案は、一定の局面で「不適切な判断の方が組織内部では合理的になる構造」が形成されていた、と読むことができます。

投稿者

株式会社 ケンズプロ
株式会社 ケンズプロ
ケンズプロは、ハラスメント等心理社会的リスクを管理し、健康的な心理社会的職場環境を実現するための組織ガバナンス設計・実装支援ファームです。