- 会社内部の役職関係から離れた立場で、本人の判断を客観的に評価できる外部専門家の活用が望ましいと考えます。人事部だけにその役割を負わせることには、組織上の限界があります。
- 一方、経営トップだから研修を免除することも適切ではありません。権限が大きい人ほど、その言動は企業文化や組織規範に影響するため、自らの判断基準を更新することが求められます。
- 本稿では、取締役会・監査機関・人事・外部専門家等の役割を整理し、「監督・組織判断・個別指導」を適切に分けながら、反省を求めるだけではなく、経営判断のレビューとインテグリティの再確認として行う再発防止指導の考え方を解説します。
社長や役員によるハラスメントが発生したとき、企業は難しい問題に直面します。
誰が、この人を指導するのか。
「社長に研修を受けてくださいと言えるのか」
「役員に人事担当者が指導して、本当に機能するのか」
「本人のプライドを傷つけ、かえって反発を招かないか」
難しいからといって、注意や処分だけで終わらせることが適切とは限りません。
厚生労働省も、行為者が経営者や役員の場合について、ハラスメントを放置すれば企業や経営者自身が法的責任を問われる可能性があること、従業員のモチベーションや職場環境、生産性にも影響することを指摘しています。
経営トップという特殊な立場に適した再発防止の方法を設計できているかが問われます。
「社長だから研修は必要ない」ではなく、「社長だからこそ必要」
経営者の中には、長いキャリアと豊富な経験を持ち、優れた経営判断によって会社を成長させてきた人がいます。
そのため、「いまさらハラスメント研修を受けてもらうのか」という躊躇が会社側に生まれることでしょう。
役職が上がれば上がるほど、良くも悪くも、本人の言動が組織に与える影響は大きくなります。
一般社員の一言と、社長の一言では、同じ言葉でも組織への作用が違います。
経営トップの行動は、個人の行動であると同時に、組織における事実上の規範形成でもあります。
社長だから研修が不要なのではなく、社長だからこそ自らの判断基準を定期的に更新する機会が必要です。
経営トップに求められるのは「違反しないこと」だけではない
ここで重要になるのが、インテグリティという考え方です。
インテグリティは、単に「法令違反をしない」「ハラスメントをしない」という意味に限定されません。
法令、社会規範、企業理念、ステークホルダーへの責任などを踏まえ、権限を持つ者が、自らの判断と行動を一貫して適切に律することまで含めて考える必要があります。
2026年7月にはコーポレートガバナンス・コードも改訂され、形式的な対応ではなく、中長期的な企業価値向上に向けた取締役会の実効的な機能発揮が改めて重視されています。
ハラスメントについても同じです。
「違法かどうか」「懲戒処分に該当するか」という最低ラインだけで考えるのではありません。
経営トップであれば、「自分の行動は、この会社の経営者として適切だったか」まで問う必要があります。
優秀な経営者ほど「過去の成功」が判断基準になる
経営者や役員への再発防止指導には、一般社員とは異なる難しさがあります。
その一つが、成功体験です。
「自分はこの方法で会社を成長させてきた」
「厳しく指導したから人が育った」
「昔からこういうコミュニケーションをしている」
「社員とも十分に信頼関係がある」
こうした経験には、一定の合理性がある場合があります。
問題は、それが現在もそのまま通用するとは限らないことです。
会社が10人だった時代と500人になった現在。
創業メンバーだけだった時代と、多様なバックグラウンドの人材が働く現在。
管理職だった頃と、社長になった現在。
本人は同じ人でも、本人を取り巻く組織環境と権限の大きさが変わっています。
必要なのは、過去を否定することではありません。
成功を支えてきた判断基準を、現在の企業規模・役職・社会環境に合わせてアップデートすることです。
社長・役員に「反省してください」から入らない
経営トップへの個別指導で特に避けたいのは、「まず反省してください」という入り方です。
「あなたの考え方が間違っています」と始めれば、再発防止指導が人格をめぐる対立になってしまいます。
必要なのは、経営判断をレビューするのと同じように、問題となった行動をレビューすることです。
たとえば、
「何を達成しようとしていたのか」
「その行動を選択した理由は何だったのか」
「その権限行使は、社長という立場から見て適切だったか」
「同じ行動をすべての管理職に認められるか」
「その行動が社内の標準になった場合、どのような組織になるか」
と検討します。
すると、「自分が悪いか、悪くないか」という議論から、「経営者として、この判断は最適だったのか」という議論へ移すことができます。
社長への指導を、人事部だけに背負わせない
では、誰が指導するのでしょうか。
社長や役員への再発防止指導では、社内の人事担当者だけに役割を背負わせないことが重要です。
社長や役員の指揮命令系統下にある人事担当者が、「その考え方は改める必要があります」「今後はこのように行動してください」と経営トップへ継続的に指導することには、構造的な難しさがあります。
厚労省の資料も、経営者・役員によるハラスメントについては社内での解決が難しい場合があることを明示しています。
したがって、事案の性質や企業規模に応じて、取締役会、監査役・監査等委員、社外取締役、コンプライアンス部門、人事部門、外部専門家などを組み合わせる必要があります。
外部専門家の役割は「社長を叱ること」ではない
社長や役員への個別指導に第三者を入れる場合、外部専門家は、会社内部の役職関係から離れた場所で、本人の判断を客観的にレビューできる人です。
本人の説明を聞く、
合理性がある部分は認める、
問題となった部分を分解する、
現在の法令、社会規範、役職責任、企業規模、組織への影響と照合する。
そして、「次に同じ状況が起きたとき、どのような判断をするか」まで落とし込む。
このプロセスには、一定の独立性が必要です。
「カウンセリング」と「再発防止指導」は目的が違う
社長や役員への対応では、産業医、カウンセラー、弁護士、社会保険労務士、外部コンサルタントなど、さまざまな専門家が候補になります。
重要なのは、何を目的として介入するのかです。
心身の状態への支援が必要なら、医療・心理の専門職。
法的評価や紛争対応が必要なら、弁護士。
労務管理上の問題整理が必要なら、労務の専門家。
そして、本人の判断基準・役職認識・行動選択を再構築するのであれば、その領域を扱える専門家が必要になります。
一人の専門家ですべてを解決しようとしないことが重要です。
経営トップへの個別指導は「一般社員向け研修」の縮小版ではない
社長や役員に対して、「パワハラの6類型」「セクハラとは何か」といった一般的知識だけを説明しても、十分ではない場合があります。
必要なのは、経営レベルの問いです。
例)
- この行動は、自社の管理職全員に推奨できるか。
- この判断が企業文化として定着したとき、どのような人材が残り、どのような人材が離れるか。
- この行動が社外に説明を求められた場合、経営者として説明できるか。
- 自社が掲げる理念・行動規範と整合しているか。
- 短期的に成果が出る方法であっても、中長期の企業価値を毀損しないか。
ここまで引き上げると、ハラスメント再発防止は単なるコンプライアンス教育ではなく、経営者としての意思決定教育になります。
インテグリティとは「完璧であること」ではない
経営者にも判断ミスはあります。
失敗しないことだけが重要なのではありません。
問題が生じたときに、
- 事実を直視する
- 自分の判断を検証する
- 必要なら判断基準を変える
- そして、次の行動に反映する
この能力もまた、経営者のインテグリティの一部と考えることができます。
「自分は社長だから研修を受ける必要はない」という姿勢ではなく、「経営者だからこそ学び、自分の判断を検証する」という姿勢が、組織に強いメッセージを発します。
再発防止指導を「経営者としての復帰プロセス」にする
ハラスメント問題が発生すると、本人のキャリアをどうするかという問題も生じます。
特に、会社にとって重要な経営者・役員であり、直ちに退任させる事案ではない場合、問題を起こした後、どのような状態で経営に戻すのかを考える必要があります。
たとえば、
- 問題となった行動と判断過程を整理する
- 現在の役職に求められる判断基準を再確認する
- 代替行動を具体化する
- 本人自身が再発防止方針を言語化する
- 一定期間後に行動の変化をレビューする
というプロセスを設けます。
経営者として再び権限を適切に行使するための復帰プロセスです。
社長・役員だからこそ、再発防止を曖昧にしない
経営トップによるハラスメント事案への対応姿勢を、社員は見ています。
インテグリティが最も問われるのは、自らに不都合な問題が起きたときにも、同じ原則を適用できるか。
社長・役員へのハラスメント再発防止指導は、トップだからこそ必要となる、経営判断とインテグリティのアップデートです。
それを機能させるには、社内の上下関係だけに依存せず、監督・組織判断・個別指導の役割を整理し、必要に応じて独立性のある第三者を組み込む。
「誰が社長を叱るのか」ではなく、「誰が、経営者として次の適切な判断ができる状態まで支援するのか」という問いに置き換えること。
そこから、経営トップへの実効的な再発防止が始まります。
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- ケンズプロは、ハラスメント等心理社会的リスクを管理し、健康的な心理社会的職場環境を実現するための組織ガバナンス設計・実装支援ファームです。
