多くの日本企業では、パワハラ防止法に基づき、方針の明確化、相談窓口の設置、研修、規程整備などの対策が進められています。しかし、グローバル企業や上場企業に求められる水準は、その先にあります。
ILO第190号条約(暴力とハラスメント条約)やISO45003(心理社会的リスクマネジメント)は、ハラスメントを単なる個人の問題ではなく、組織が管理すべき「心理社会的リスク」と捉えています。
つまり、重要なのは「問題が起きた後の対応」だけではありません。問題が起きにくい組織構造を設計し、継続的に監督・改善することです。
世界の潮流は、ハラスメント対策から、心理社会的ガバナンスへ移行しつつあります。
日本企業のハラスメント対策は、十分なのか
日本の法制度は着実に進化しています。
企業には、
- 方針の明確化
- 相談体制の整備
- 研修の実施
- 就業規則等の整備
- 相談者保護
などが求められています。
これらは非常に重要な取組です。
しかし、その多くは「発生した問題への対応」を前提とした制度です。
例えば、
- なぜ特定部署で繰り返し問題が発生するのか
- なぜ相談が上がってこないのか
- なぜ管理職が機能しないのか
- なぜ離職や休職が続くのか
といった構造的な問いまでは、十分に扱われていません。
ILO第190号条約が求めるもの
ILO第190号条約は、職場における暴力とハラスメントを禁止する国際基準です。
特徴的なのは、「職場」ではなく「仕事の世界(World of Work)」を対象としている点です。
対象は、
- オフィス
- テレワーク
- 出張
- 通勤
- 懇親会
- SNSやチャット
- 顧客・取引先との関係
まで広がります。
また、保護対象も、
- 正社員
- 非正規社員
- 派遣社員
- 求職者
- インターン
- 元従業員
など広範囲に及びます。
つまり、「社内で起きたパワハラを処理する」だけでは不十分であり、「仕事に関わるあらゆる場面で、人の尊厳を守る」ことが求められているのです。
ISO45003が示す視点
ISO45003は、心理社会的リスクを管理するための国際規格です。
ここでいう心理社会的リスクとは、
- 過重労働
- ハラスメント
- 役割の曖昧さ
- 人員不足
- 孤立
- 不公平感
- 組織内の対立
など、働く人の健康や安全に影響を与える要因を指します。
重要なのは、ハラスメントを単独の問題として扱わないという考え方です。
ISO45003では、「なぜその行為が発生したのか」を組織構造まで掘り下げて分析することが求められます。
世界の潮流は「予防」へ
従来のハラスメント対策は、
- 通報
- 調査
- 処分
が中心でした。
しかし現在は、
- リスクの予測
- 兆候の把握
- 構造改善
へと重心が移っています。
例えば、
- 情報が上司に集中していないか
- 異論を言いにくい雰囲気がないか
- 管理職に過度な権限が集中していないか
- 評価制度が過度な競争を生んでいないか
- 慢性的な人員不足が続いていないか
こうした組織の状態そのものが、ハラスメント発生リスクとして管理対象になります。
グローバル企業が見るポイント
国際基準に適合する企業では、次のような項目が整備されています。
① グローバル共通方針
国や拠点を問わず適用される行動基準を持つ。
② 独立した相談体制
相談者保護と報復防止を徹底する。
③ 心理社会的リスク評価
職場ごとのリスクを定期的に把握する。
④ 管理職責任の明確化
管理職を「問題を起こさない人」ではなく、「問題を予防する人」と位置付ける。
⑤ サプライチェーン対応
取引先や委託先も含めた対応を行う。
⑥ 取締役会への報告
重大案件やリスク傾向を定期的に監督機関へ報告する。
管理職が鍵になる
実務上、最も重要な存在は管理職です。
なぜなら、
- 情報が集まる
- 兆候を最初に見つける
- 業務配分を決める
- 評価を行う
という立場だからです。
国際基準では、管理職は単なる指揮命令者ではありません。
心理社会的リスクを管理する第一線の統治者です。
そのため、
- 兆候の発見
- 相談対応
- 記録
- エスカレーション
- 再発防止
を実践できる能力が求められます。
これからの企業に必要なのは「心理社会的ガバナンス」
ハラスメント対策は、もはや人事部だけの課題ではありません。
人的資本経営、企業価値、レピュテーション、人権、ESG、ガバナンスと密接に結びつく経営課題です。
ILO第190号条約やISO45003が示しているのは、
「問題が起きたら対応する組織」から、
「問題が起きにくい構造を設計する組織」への転換です。
相談窓口や研修は重要です。
しかし、それだけでは十分ではありません。
これから企業に求められるのは、
- どの部署にリスクがあるのか
- なぜそのリスクが生じるのか
- 誰が監督するのか
- どう改善するのか
を継続的に管理する仕組みです。
ハラスメント対策の成熟度は、個別事案への対応力ではなく、組織が心理社会的リスクをどれだけ統治できているかによって評価される時代に入っています。
投稿者
- ケンズプロは、ハラスメント等心理社会的リスクを管理し、健康的な心理社会的職場環境を実現するための組織ガバナンス設計・実装支援ファームです。
