- 人格は変えられない、少なくとも企業が人格を変える目的で指導するべきではないと考えます。
- 企業が再発防止で扱うべきなのは、人格そのものではなく、行為者から職場に表れた認識・判断・発言・行動であるためです。
- それらが変わった結果として、人柄がより望ましいものになる可能性はあります。
- 人格という巨大で曖昧な概念を持ち込むより、実際に確認された行為を精密に評価した方が、問題を的確に扱えると考えます。
- 本稿では、「人を正す」のではなく「ことを正す」という視点から、尊厳を守りながら責任を曖昧にしない、行為者教育の合理的な設計を考えます。
ハラスメントが発生すると、私たちは行為から人物像を推測したくなります。
「こういう発言をする人なのだから、もともと攻撃的なのだろう」
「セクハラをしたのだから、異性に対する考え方そのものに問題があるのではないか」
「部下を追い詰めたのだから、共感性の低い人なのだろう」
こうした推測が、すべて誤っているとは限りません。
人の行為には、その人の価値観や認識、経験、性格的傾向などが何らかの形で反映されることがあります。
しかし、一つの行為から、その人の全人格を説明することはできません。
ここを混同すると、ハラスメント行為者への再発防止教育そのものを誤る可能性があります。
一つの行為は、その人の「全体」ではない
ある管理職が部下に対して不適切な叱責をしたとします。
その事実から確認できるのは、「その場面において、その人がその行動を選択した」ということです。
そこから、「この人は攻撃的な人格である」「人を大切にしない人間である」と全人格へ評価を拡張するには、別の根拠が必要です。
反対も同じです。
普段は温厚である、部下から慕われている、社会貢献活動をしている、家族思いである。だから、「この人がハラスメントをするはずがない」とも言えません。
人格についての肯定的評価と、特定の行為が適切だったかという評価は別問題です。
人格は、そもそも非常に大きな概念である
「人格」という言葉は、一つの発言や行動だけを指すものではありません。
特性、関心、動機、価値観、自己概念、能力、感情パターンなどを含む、複雑なものとして捉えられています。
一つの問題行動 ≠ 人格全体です。
「行為者を擁護しましょう、許しましょう」ということではありません。
人格という巨大で曖昧な概念を持ち込むより、実際に確認された行為を精密に評価した方が、問題を的確に扱えるということです。
企業が扱えるのは「観察可能なもの」
企業の再発防止を、より実務的に考えてみます。
企業が確認できるのは、「何と言ったか」「何をしたか」「どの場面で行ったか」「どのような役職関係だったか」「本人はどのように判断したか」「相手や職場にどのような影響が生じたか」といった事実です。
これらは、一定程度観察し、確認し、評価できます。
そして、
「今後はこのような言い方をしない」
「個室ではなくオープンな場所で指導する」
「身体接触によって親しさを表現しない」
「部下の人格ではなく業務上の事実を指摘する」
という具体的な行動基準に変換できます。
行為は教育可能です。
認識も、判断基準も、知識も、行動選択も、一定程度アップデートできます。
一方、「人格を変える」は企業の仕事として定義しにくい
では、「あなたの人格を改善してください」と言われたら、本人は何をすればよいのでしょうか。
評価基準がありません。
完了条件もありません。
「もっと思いやりのある人になってください」
「人間性を改善してください」
と言われても、具体的に何をすれば改善したことになるのか分かりません。
測定できず、行動に変換できず、完了条件も定義できない要求は、是正措置として機能しにくいものです。
企業による再発防止では、人格ではなく、認識・判断・発言・行動という具体的な単位まで落とす必要があります。
人格を問題にすると、本人は「自己防衛」を始める
もう一つ実務上重要なのが、防御反応です。
たとえば、「あなたは女性を軽視している」「あなたには共感性が足りない」「あなたは攻撃的な人だ」と言われれば、本人は、「そんな人間ではない」と反論したくなります。これは自然な反応です。
指摘されている対象が、行為ではなく、自分という存在そのものになっているからです。
人格否定というハラスメントを是正する指導が、そもそも人格否定であるという矛盾が生じます。
「あなた」ではなく「この判断」を検討する
そこで、対象を切り替えます。
「あなたは攻撃的だ」ではなく、「この場面で、この言葉を選択した判断を検討しましょう」とします。
「異性に対する考え方がおかしい」ではなく、「この場面で、相手との距離をどのように判断していましたか」と聞きます。
「共感性がない」ではなく、「相手が拒否しなかったことを、なぜ許容のサインと判断したのでしょうか」と確認します。
対象が具体的になり、本人も、「自分という人間全体」を守る必要がなくなります。
検討すべきなのは、ある場面における一つの判断と行動だからです。
人格を否定しないことは、行為を甘く評価することではない
「人格ではなく行為を見る」という考え方は、「本人にも良いところがあるから許しましょう」という話ではありません。
むしろ、行為については、人格への好悪から切り離して厳密に評価するという考え方です。
「普段は良い人だから」は関係ありません。
「会社への貢献が大きいから」も関係ありません。
確認された行為について、
- 何が問題だったのか、
- どの規範に反したのか、
- どのような影響を与えたのか、
- どの判断を変える必要があるのか、
を具体的に評価します。
人格を裁かないことと、行為の責任を曖昧にすることは違います。
企業が変えるべきものを限定する
企業による行為者教育の対象を整理すると、シンプルになります。
企業が扱うべきもの
- 認識
- 知識
- 判断基準
- 役割認識
- 権限認識
- 発言
- 行動
- 意思決定
企業が直接「矯正」の対象とすべきではないもの
- 人格そのもの
- アイデンティティそのもの
- 人間としての価値
もちろん、心理・医療上の問題が疑われる場合には、その領域の専門家による評価や支援が必要なケースがあります。
しかし、それは企業による再発防止教育とは別の専門領域です。
「人格矯正」ではなく「行動更新」と考える
この考え方に立つと、ハラスメント行為者への教育の目的も明確になります。
以下の認識アップデートにより、行動を更新します。
- Before:「自分と部下は親しいから、この程度は問題ない」
After:「親しさは自分だけでは判断できない。職位差がある場合は距離を保つ」 - Before:「部下のためなら厳しく言うことも必要だ」
After:「指導の目的が正当でも、手段の相当性は別に判断する」 - Before:「嫌なら本人が言えばいい」
After:「権限差がある関係では、拒否されなかったことを同意とは扱わない」
これは人格改造ではありません。判断アルゴリズムの更新です。
だからこそ、具体的で、学習可能で、再現可能なのです。
尊厳の尊重は、再発防止の精度を上げる
人の人格に不用意に踏み込まないことは、単なる人道上の配慮ではありません。
介入精度を高めるための合理的な方法でもあります。
人格論を持ち込めば、論点が巨大になります。
行為に限定すれば、
・何が起きたのか、
・なぜその判断をしたのか、
・どこが不適切だったのか、
・次は何を選択するのか、
まで具体化できます。
「もっと良い人になりなさい」では、行動基準になりません。
「この状況では、この判断を選択する」、まで落とす必要があります。
私たちに他者の人格を設計する権限はない
企業は、労働者に一定の職務行動を求めることができます。
- 役割を定める
- 権限を定める
- 行動規範を定める
- 問題行動を是正する
- 必要な教育を行う
これは組織運営に必要なことです。
しかし企業は、労働者の人格そのものを所有しているわけではありません。
私たちは他者の人格を完全に理解することも、自由に設計することもできません。
企業による再発防止には境界線が必要です。
変えようとする対象を、「人そのもの」ではなく、職場に現れた認識・判断・発言・行動に限定するべきです。
「人を正す」のではなく、「ことを正す」
一つの行為から全人格を否定しない。
同時に、普段の人格評価によって問題行為を免責しない。
人格と行為を切り分けるからこそ、行為について厳密に責任を問うことができます。
企業が是正すべき対象は、「その人」ではありません。
職場に表出した「こと」です。
人格矯正ではなく、認識・判断・行動のアップデート。
その境界線を明確にすることが、本人の尊厳を守るだけでなく、再発防止をより具体的で実効的なものにします。
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- ケンズプロは、ハラスメント等心理社会的リスクを管理し、健康的な心理社会的職場環境を実現するための組織ガバナンス設計・実装支援ファームです。
