厚労省基準では解消しないハラスメント問題をどう扱うか–経営戦略から逆算する職場環境づくり

厚労省基準では解消しないハラスメント問題をどう扱うか。

  • 法令・指針・裁判例を最低限の基準としつつ、自社が実現したい職場環境から行動基準を定めること。経営戦略から人材戦略、職場環境、行動規範、ハラスメント対策へと一貫して設計することが重要です。
  • ハラスメント対策を「法令上、ハラスメントに該当するか」という判断だけで設計すると、定義から漏れる不適切な行為への対応が難しくなります。
  • 管理職には「基準上は該当しないのになぜ問題なのか」という不公平感や萎縮を生じさせることもあります。
  • ハラスメント対策は、単なる法令遵守ではなく、人材の能力発揮、生産性向上、企業価値向上を支える組織ガバナンスであるべきです。

パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産等に関するハラスメント、カスタマーハラスメント、就活セクハラなど、職場をめぐるハラスメントについて法整備が進み、国からも定義や判断基準が示されるようになりました。
企業にとって、これらを正確に理解することは当然に重要です。
しかし、法令上「ハラスメントに該当するか」という判断だけで、企業のハラスメント対策を設計することには限界があります。
なぜなら、法・指針・裁判例が示す基準と、実際の職場で人が「働きにくい」「尊重されていない」「能力を発揮しにくい」と感じる行為との間には、少なからず領域の差があるからです。

「違法ではない」と「組織として許容する」は同じではない

職場では、次のような行為が問題になることがあります。

  • 人格攻撃とまではいえないが、継続的に威圧感を与える言動
  • 業務上必要な指導ではあるが、伝え方によって相手を過度に萎縮させる行為
  • 法的なセクハラ認定には至らないとしても、周囲を不快にさせる性的な言動
  • 特定の社員だけを継続的に軽視する態度
  • 不機嫌さや無視、皮肉などによって周囲のコミュニケーションを阻害する行為
  • 顧客や取引先との関係で、違法とまではいえなくても従業員に過度な負担を生じさせる行為

こうした行為をすべて「ハラスメント」と呼ぶべきかについては、慎重な整理が必要です。
一方で、ハラスメントに該当しないから、企業として問題にしなくてよい、ということにもなりません。

① 法令上のハラスメント該当性と、② 企業として許容できる行為かという、異なる二つの判断があります。

法令上の定義だけで運用すると、被害者だけでなく管理職も困る

法令上の定義だけを職場の行動基準にすると、被害を受ける側だけでなく、管理職にも混乱をもたらします。

たとえば、自分の言動について部下から「ハラスメントだ」と問題提起された管理職が、厚生労働省の資料を確認したとします。
「自分の行為は、この定義には該当しないのではないか」
にもかかわらず会社から、注意や指導、懲戒その他の措置を受ければ、本人には強い不公平感が残る可能性があります。

「ハラスメントではないのに、なぜ問題なのか」

この説明がないまま是正を求めれば、本人の納得を得にくいだけでなく、周囲の管理職にも、「何を言えば問題になるかわからない。それなら何も言わない方がよい」という萎縮を生じさせかねません。

必要なのは、会社が何を「ハラスメント」と判断し、何を「ハラスメントには該当しないが、服務規律や行動規範上改善を求める行為」と判断するのかを整理することです。

ハラスメント該当性は「最低ライン」の判断と考える

企業が考えるべきなのは、「これはハラスメントか、ハラスメントではないか」という二択だけではありません。

法令、指針、裁判例等に照らしてハラスメント該当性を判断することは重要ですが、それは企業が職場環境を統治するうえでの最低ラインの判断と位置づけることができます。
その先に、「当社は、どのような職場をつくりたいのか」という企業自身の判断が必要です。

もちろん、企業の判断も無制限ではありません。就業規則や服務規律との整合性、処分の相当性、公平性、予測可能性などを確保し、法令・指針・裁判例・社会通念等に照らして著しく不合理な運用にならないようにする必要があります。

そのうえで企業は、自社の服務規律や行動規範に基づいて、職場で許容する行為と改善を求める行為を明確にすることができます。

目的から逆算すれば、ハラスメント対策の姿が変わる

そもそも、企業は何のためにハラスメント対策を行うのでしょうか。
誰もが安心して働き、働きがいを持ち、それぞれの能力を十分に発揮できる職場環境を整える。
その結果として、組織の生産性、創造性、人材定着、意思決定品質を高め、最終的には経営業績や企業価値につなげる。

この目的から逆算すると、企業が統制すべき対象は、法令上の「ハラスメント」だけではありません。
人の能力発揮や協働を不必要に阻害する行為を、組織としてどう減らすか、です。

研修も「禁止事項を覚える場」から変える

典型的な研修では、「これはパワハラです」「これはセクハラです」「このような発言はやめましょう」と、禁止行為を中心に教えます。
それだけでは管理職にとって「何をしてはいけないか」は増えても、「では、どうマネジメントすればよいのか」が残りません。

目的から逆算するのであれば、研修では、

  • 能力発揮につながる指導とは何か
  • 生産性を高めるコミュニケーションとは何か
  • 必要な注意や指導を、相手を不必要に萎縮させずに行うにはどうすればよいか
  • 意見の違いや緊張関係があっても、協働できる職場をどうつくるか

という「推奨される行動」を中心に据える必要があります。
そして、それを阻害する言動について、法的なハラスメント該当性とは別に、「当社では望ましくない行為」として改善を求めていく。
これにより、管理職にとっても行動基準が明確になります。

ハラスメント対策を、人材戦略の中に戻す

ハラスメント対策は、以下の構造で捉えます。

経営戦略

人材戦略

求める組織・職場環境

求めるマネジメント・行動規範

それを阻害する行為の統制

ハラスメント防止・是正

この構造では、ハラスメント対策は企業経営から切り離された「守りのコンプライアンス」ではありません。
人材が能力を発揮できる環境をつくり、組織の生産性を高め、経営戦略を実現するための組織ガバナンスの一部になります。

企業は、厚生労働省のためにハラスメント対策をするのではない

法令や行政指針を正確に理解し、遵守することは企業として当然の責務です。
しかし、それ自体を最終目的にするべきではありません。

企業は、厚生労働省のためにハラスメントをしないわけでも、ハラスメント対策を講じるわけでもありません。

企業には、実現したい経営戦略があります。
そのために人材戦略があり、人が能力を発揮できる職場環境が必要になり、その環境を阻害する行為を予防・是正する仕組みとしてハラスメント対策があります。
企業が問うべきなのは、「この行為は厚生労働省の定義に入るか」だけではなく、「この行為を、私たちの会社は許容するのか」という問いです。

法令上の最低基準を守りながら、その先に自社の経営戦略と接続した行動基準を持つ。

ハラスメント対策を「違反者を探す仕組み」から、人と組織の能力発揮を支えるガバナンスへ転換することが、これからの企業には求められます。

投稿者

株式会社 ケンズプロ
株式会社 ケンズプロ
ケンズプロは、ハラスメント等心理社会的リスクを管理し、健康的な心理社会的職場環境を実現するための組織ガバナンス設計・実装支援ファームです。