カスハラ対策義務化は「接客対応」の話ではない― 心理社会的リスクマネジメント時代に企業が問われること

2026年、日本ではカスタマーハラスメント(カスハラ)対策が企業の義務となります。多くの企業は「従業員を守るための苦情対応ルール整備」と捉えがちですが、本質はそれだけではありません。
国際的には、顧客や取引先による暴言・威圧・不当要求は、職場に存在する「心理社会的リスク(Psychosocial Risk)」の一つとして位置付けられています。
つまりカスハラ対策は、単なる接客マナーやクレーム対応ではなく、従業員の安全・健康・生産性を守るための経営課題です。
日本の法改正は、世界的な心理社会的リスクマネジメントの流れの中で理解することで、その真の意味が見えてきます。

日本で義務化されるカスハラ対策とは

改正労働施策総合推進法により、企業にはカスタマーハラスメント防止措置が義務付けられます。

具体的には以下のような対応が求められます。

① 基本方針の明確化

企業としての姿勢を明文化します。

  • カスハラを許容しない
  • 従業員を守る
  • 不当要求には組織として対応する

② 相談体制の整備

従業員が安心して相談できる窓口を設置します。
重要なのは、「相談したら評価に影響する」という不安を持たせないことです。

③ 発生時の対応体制整備

カスハラが発生した際の、対応体制をあらかじめ決めておきます。

  • 誰が対応するのか
  • エスカレーション先はどこか
  • 警察や弁護士との連携はどうするか

④ 被害者への配慮

被害を受けた従業員に対して、配慮の措置を行います。

  • メンタルケア
  • 配置転換
  • 業務調整 など

⑤ 再発防止措置

発生した事案を分析し、再発防止の具体的措置へつなげることが求められます。

  • マニュアル改訂
  • 教育研修
  • 業務改善

関連記事「カスハラ対策義務化とは?2026年の法改正で企業に何が求められるのか」

なぜ今、カスハラが経営課題になったのか

背景には、世界的な労働安全衛生の考え方の変化があります。

従来の安全衛生は、物理的な危険を中心に管理してきました。

  • 転落
  • 挟まれ
  • 感電
  • 有害物質 など

しかし現在は、

  • 暴言
  • 威圧
  • 嫌がらせ
  • 過剰な要求
  • SNSでの攻撃

なども、従業員の健康を損なうリスクとして認識されています。

この考え方を支えるのが、「心理社会的リスク(Psychosocial Risk)」です。

心理社会的リスクとは何か

心理社会的リスクとは、仕事の設計や人間関係、組織運営によって生じる健康被害のリスクを指します。

例えば、

  • 過重労働
  • ハラスメント
  • 役割の不明確さ
  • 孤立
  • 不公平な評価
  • 顧客からの暴力や暴言

などが含まれます。
これらは単なる「気分の問題」ではありません。

放置すると、

  • メンタル不調
  • バーンアウト
  • 離職
  • 労災
  • 生産性低下

につながることが世界中の研究で明らかになっています。

カスハラは心理社会的リスクそのものである

国際的には、顧客や第三者による暴力・ハラスメントは心理社会的リスクの代表例です。

例えば、

  • 医療機関
  • 介護施設
  • 小売業
  • コールセンター
  • 公共機関

では以前から重要なリスクとして認識されてきました。

最近ではBtoB企業でも、

  • 取引先からの威圧
  • 契約外業務の強要
  • 長時間拘束
  • 過度な値引き要求

などが問題となっています。

関連記事「BtoB企業こそ、カスハラ対策が必要―「顧客対応」ではなく、取引構造と人的資本を守る経営課題へ」

つまり、「顧客対応の問題」ではなく、「従業員の安全衛生と人的資本の問題」として扱われるようになっているのです。

ILO190とISO45003が示す方向性

国際基準ではさらに一歩進んでいます。

国際労働機関 ILO第190号条約

暴力とハラスメントのない職場を実現するため、

  • 顧客
  • 利用者
  • 取引先

からの行為も対象としています。
職場内だけでなく、仕事に関連するあらゆる場面での暴力・ハラスメント防止を求めています。

ISO 45003

心理的健康と安全を守るための国際規格です。

ここでは、

  • 業務量
  • 役割設計
  • 人間関係
  • 組織文化

と並び、第三者による暴力やハラスメントも管理対象として示されています。
つまり、カスハラ対策は労務管理ではなく、リスクマネジメントの領域に入っているということです。

これから企業が考えるべきこと

法改正への対応として、

  • 方針を作る
  • 窓口を置く
  • 研修を行う

ことは重要です。

しかし国際基準の視点から見ると、それだけでは十分ではありません。

本当に問われるのは、

  • なぜ現場が断れないのか
  • なぜ管理職が従業員を守れないのか
  • なぜ理不尽な要求が組織に入り込むのか
  • なぜ同じ問題が繰り返されるのか

という構造です。

カスハラは顧客側だけの問題ではありません。
組織の意思決定、役割設計、情報共有、評価制度が適切に機能していなければ、現場は理不尽な要求を受け続けることになります。

おわりに

カスハラ対策義務化は、日本企業にとって新たな法対応項目が増えたという話ではありません。
その本質は、「従業員を守るための組織統治をどう構築するか」という経営課題です。
世界ではすでに、暴力・ハラスメント・バーンアウト・離職を、個人の問題ではなく心理社会的リスクとして管理する時代に入りました。
これから企業に求められるのは、顧客対応マニュアルの整備だけではなく、従業員が安心して働ける心理社会的職場環境を経営の責任として構築することなのです。

投稿者

株式会社 ケンズプロ
株式会社 ケンズプロ
ケンズプロは、ハラスメント等心理社会的リスクを管理し、健康的な心理社会的職場環境を実現するための組織ガバナンス設計・実装支援ファームです。