M&Aや事業承継に向けた「磨き上げ」というと、収益性の改善、不採算事業や不要資産の整理、財務内容の適正化などがまず想起されます。しかし、買い手が引き継ぐのは財務諸表や事業だけではありません。その事業を動かす人材、管理職、意思決定の仕組み、情報共有、組織文化、コンプライアンス体制なども、そのまま次の経営へ引き継がれます。優れた事業であっても、経営者や特定人材への依存、離職リスク、組織内の摩擦などを抱えていれば、M&A後の事業運営に影響する可能性があります。M&A前の企業の磨き上げを、財務だけでなく「人・組織・ガバナンス」まで広げて考えることが重要です。
「磨き上げ」というと、何を整えるでしょうか
M&Aや事業承継を検討する企業にとって、「磨き上げ」は重要な準備の一つです。
一般的には、収益性の改善、不採算事業の整理、不要資産の処分、財務内容の適正化、契約関係や株主関係の整理などが考えられます。
もちろん、これらは重要です。
しかし、企業を実際に動かしているものに目を向けると、財務諸表だけでは見えてこないもう一つの領域があります。
「人と組織」です。
M&Aによって会社の株主や経営者が変わったとしても、翌日からまったく別の会社が誕生するわけではありません。
そこには、それまで事業を支えてきた従業員がおり、管理職がおり、仕事の進め方があり、意思決定や情報共有の方法があり、長い時間をかけて形成された組織文化があります。
つまり、M&Aでは事業とともに「組織」も引き継がれるのです。
財務諸表に表れにくい「組織の状態」
たとえば、同程度の売上・利益を上げている二つの会社があったとします。
一方の会社では、重要な業務について複数の社員が理解し、管理職に適切な権限が与えられ、問題が発生すれば経営層まで情報が上がる仕組みがある。
もう一方では、ほとんどの重要事項を社長が判断し、主要顧客との関係は特定社員だけが握り、管理職の役割は曖昧で、社内の問題も経営層までなかなか伝わらない。
財務数値だけを見れば、現在の業績は同程度かもしれません。
しかし、経営者が交代した後まで考えれば、この二社が抱えるリスクは同じではありません。
特に注意したいのが、次のような状態です。
- 経営者がいなければ重要な意思決定が進まない
- 特定のキーパーソンに顧客・技術・情報が集中している
- 管理職の役割や権限が曖昧である
- 部門間・社員間の摩擦が長期間放置されている
- ハラスメントやコンプライアンス上の問題が潜在している
- 離職・休職・長時間労働が特定部署に集中している
- 問題や異論を経営層へ伝えるルートが機能していない
- 相談・通報制度はあるものの、実際には利用しにくい
- 業務や人材育成が特定個人の経験と力量に依存している
これらは必ずしも直ちに企業価値を毀損する問題とは限りません。
経営体制が変化したときに顕在化しやすいリスクです。
買い手が引き継ぐのは「現在の利益」だけではない
M&Aにおいて重要なのは、その会社が現在どれだけ利益を上げているかだけではありません。
「その利益を生み出している仕組みを、次の経営者が引き継げるか」という視点も重要です。
たとえば、非常に優秀な創業者が営業、採用、人材育成、重要案件の判断、社員間の調整まで担っている会社は、高い業績を上げているかもしれません。
しかし、その創業者が退任した後にも同じように事業が動くかは、別の問題です。
同じことは、キーパーソンにもいえます。
「あの人がいなければ主要顧客との関係が維持できない」
「あの部長だけが製造工程の重要部分を理解している」
「あの社員が社内の調整をすべて引き受けている」
こうした状態は、その人物が在籍している間はむしろ会社の強みに見えることがあります。
ところが、M&Aや事業承継という大きな環境変化を前にすると、属人化というリスクとして別の側面が現れます。
「人材が優秀」だけでは人的資本の磨き上げにはならない
人的資本というと、「優秀な人材がいる」「研修制度が充実している」といった話になりがちです。
M&Aの観点では、もう少し構造的に見る必要があります。
重要なのは、個々の社員の能力だけではなく、
誰が重要な機能を担っているのか、
その人がいなくなった場合に代替できるのか、
知識や情報が組織に蓄積されているのか、
管理職が次の経営体制でも機能できるのか、
人材が安心して働き続けられる組織になっているのか、
という点です。
人的資本の価値を高めることと、人的資本に依存しすぎない仕組みをつくることは、矛盾しません。
むしろ、優れた人材の能力を組織として再現可能な状態にすることが、企業としての強さにつながります。
「問題のない会社」にすることが磨き上げではない
ここで注意したいのは、M&A前にすべての組織問題をなくさなければならない、という意味ではないことです。
人が集まって働く以上、意見の対立もあれば、離職もあります。判断ミスやトラブルが発生することもあります。
重要なのは、問題があるか、ないかだけではなく、問題を把握できるか、適切な人に情報が届くか、必要な判断が行われるか、是正できるかということです。
問題が発生しても、それを把握し、適切に対応し、再発防止につなげる仕組みがある。
これは組織ガバナンスの重要な機能です。
したがって、人と組織の磨き上げとは、会社を表面的に「きれいに見せる」ことではありません。
組織の状態を把握し、潜在するリスクを管理可能な状態にすることであると考えることができます。
M&A前だからこそ、組織を見直す意味がある
通常の経営では、「現在、事業が回っている」という事実によって、組織上の課題が見えにくくなることがあります。
しかしM&Aでは、経営者、株主、制度、組織体制などが変化します。
これまで暗黙の了解で成立していたものが成立しなくなり、それまで表面化していなかった問題が現れることがあります。
だからこそM&A前は、「この会社は、現在の経営者や特定の人がいなくても機能するのか」という視点から組織を点検する重要な機会になります。
財務を整える、
事業を整える、
契約や権利関係を整える。
そして、人と組織を整える。
この視点まで含めて考えることで、M&Aに向けた「磨き上げ」は、より実質的なものになります。
企業価値を「次の経営」に引き継ぐために
M&Aの目的は、会社を良く見せて売却することではありません。
企業がこれまで蓄積してきた事業、技術、顧客、人材、ノウハウなどの価値を、次の経営へ引き継ぎ、その後も価値を生み続けられる状態をつくることが重要です。
そのためには、財務的な磨き上げと同時に、人的資本 × 組織ガバナンスという視点から会社を見る必要があります。
企業価値を生み出しているのが「人」であるなら、その人たちが力を発揮できる「組織」もまた、企業価値を支える重要な経営基盤です。
M&Aに向けた磨き上げを、財務から人・組織へ。
それは、会社の価値を一時的に高く見せるためではなく、企業価値を次の経営へ持続的に引き継ぐための準備といえるでしょう。
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- ケンズプロは、ハラスメント等心理社会的リスクを管理し、健康的な心理社会的職場環境を実現するための組織ガバナンス設計・実装支援ファームです。
