映画『SHE SAID』

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『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』『恋におちたシェイクスピア』『ロード・オブ・ザ・リング』『英国王のスピーチ』など数々の名作を手掛けた映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン。
その絶対的権力者のセクハラ・性的暴行を、2017年、ニューヨーク・タイムズ紙が報じた。
その記事が、#MeToo運動に火を付けた。

(以下、映画のあらすじ、台詞の引用を含む、セクハラに関する私の知見です。)

巨大すぎる権力と闘いながら取材を進める中で、記者たちは、女性たちの苦悩に触れていく。
被害者には著名な女優も名を連ねる、グウィネス・パルトロウ、アシュレイ・ジャッド、ローズ・マッゴーワン等々・・・

問題は、加害者を守る法のシステムにある。
そしてセクハラの根っこにあるのは、仕事の世界における構造的性差別。
男性優位の構造では、女性は声を上げられない。

権力者は、女性の夢や希望と、セクハラを、交換しようとするから。

女性たちは仕事に誇りを持ち、希望にあふれ、仕事や企画について真剣に話すために部屋に行くのに、仕事の話はされず、脅され、性的要求を受ける。
このいっときさえ耐えれば、夢や希望が守られる、態度を誤れば、全てを奪われる。
加害者の権力が100で、被害者の力はゼロという関係性。

「これも仕事だ」とか、「そういうんじゃないんだ」といったよくわからない言い訳にくるめられ、怯えながら拒絶できないでいる女性たちの応答を、男性権力者は「合意」と解釈し、行為を正当化する。
加害者側は、「嫌がられなかった」「笑顔だった」「すぐに誰かに話さなかった」「悩んでいる様子はなかった」ことを理由に、合意を主張する。

被害者側は、仕事を奪われたり人事上不利益に取り扱われたりすることを恐れて、あるいは被害を早く終わらせたくて、その他様々な葛藤の末、気にしていないふりをする。
そして彼女たちはその後、セクハラを受け入れてしまった判断ミスを後悔し、心が壊れ、出来事を封印してしまう。

外野は告発者を非難する、「なぜ30年も前のことを今になって告発するのか?」と。
彼女たちにとっては、30年前の過去のことではない。
封印しても、30年間、一度も忘れたことはなく、彼女たちにとっては現在進行系の苦痛なのだ。
誰かが、何かが、きっかけとなり、やっと告発を決意できたということだ。

告発したくてもその機会を失ってしまった女性も大勢いる。
ワインスタインは、多くの犯罪行為を、示談という名の口封じで隠蔽してきた。

告発する地獄。
沈黙する地獄。

彼女たちはトラウマを抱え、暗闇や絶え間ない暴力に耐えているかもしれない。
とてつもなく孤独で、誰とも話せず、孤立感に苛まれる、トラウマを。
そしてそれが、女性を襲う鬱の一部なのかもしれない。

映画の中の以下の台詞(字幕)が印象的だった。

「私は職業人だが、性的対象にされ矮小化される
声を上げるのは怖い。でも沈黙は、あまりに苦しい
人事部の重役に訴えたら、その返事は「殴られたり肉体的な一線を越えたら知らせろ」」

「声を上げられない女性のために発言する
娘たちに虐待行為を「普通のこと」と考えてほしくない」

セクハラ被害の重大性や問題の大きさは、周囲や加害者にはほとんど理解されていません。
自分や自分の大切な人が同じ状況に置かれない限り、他人事です。
被害者叩きは必ず起こり、被害者をさらに追い詰めます。
告発には人生を狂わせるほどの代償を伴う、だから声を上げられない。
声が上がらない限り、セクハラは「よくある普通のこと」「社会とはこういうもの」と定着し、被害者も被害を認識できずに蝕まれていきます。
そんな異常な世界を、未来に残したくない。
だから、セクハラや性犯罪は許されないこと、被害者は被害者であり、加害者が加害者である、罰せられるべきは加害者である、という当たり前のことを、私は発していきたい。