ハラスメント防止というと、管理職に「正しい指導」を求める教育が中心になりがちです。しかし、管理職だけを教育しても健全な職場はつくれません。若手・一般社員にも、上司と部下の役割、指揮命令系統、適切な業務指示とパワハラの違い、異論の伝え方、フィードバックの受け止め方、相談ルートなど、「組織で働くためのルール」を伝える必要があります。目指すべきは、部下を従順にすることではなく、「指導できる・異論も言える・相談できる・組織として判断できる」状態です。ハラスメント防止と人材育成を両立させるための、部下側への組織ガバナンス教育を考えます。
ハラスメント防止研修というと、多くの企業では管理職教育が中心になります。
「感情的に叱責しない」
「人格を否定しない」
「適正な業務範囲を超えた要求をしない」
「部下の話を聞く」
もちろん、これらは重要です。
しかし、管理職だけに「正しいマネジメント」を求め続けることで、健全な職場が実現するでしょうか。
近年、部下から上司への強い反発や攻撃的言動、業務指示への不当な拒絶など、いわゆる「逆パワハラ」も社会的な問題として認識されるようになっています。
こうした問題を、一部の社員の資質だけに帰属させるべきではありません。
企業には、管理職に指導方法を教えるのと同時に、部下側にも「組織で働くとはどういうことか」を教育する必要があります。
「パワハラではないこと」を教えることも、ハラスメント教育である
例えば、上司から、「この資料は明日の午前中までに修正してください」と言われたとします。
本人にとっては厳しい要求かもしれません。
しかし、業務上の必要性があり、職務上合理的な指示であれば、単に本人が不快に感じたという理由だけでパワーハラスメントになるわけではありません。
同様に、
- ミスを具体的に指摘する
- 改善を求める
- 業務上必要な指示をする
- 仕事の進捗を確認する
- 成果について評価する
- 必要な場合に注意・指導する
ことも、それ自体がパワーハラスメントなのではありません。
企業は管理職に「パワハラをしないこと」を教えるだけでなく、部下側にも、適切な業務指示や指導とパワーハラスメントの違いを教育する必要があります。
それは管理職を守るためだけではありません。
部下が安心してフィードバックを受け、成長できる環境を守るためでもあります。
部下向け研修で伝えるべき7つの「組織ルール」
1.上司と部下には、それぞれ役割がある
組織では、上司と部下は人格的な上下関係にあるわけではありません。
一方で、職務上の役割と権限には違いがあります。
管理職には、業務を配分し、指示し、進捗を管理し、成果を評価し、人材を育成する役割があります。
部下には、自らの職務を遂行し、必要な報告・相談を行い、合理的な業務指示に対応する役割があります。
「人として対等であること」と「組織上の役割が同じであること」は別です。
この基本構造を、入社時や若手社員研修の段階から伝えておく必要があります。
2.業務指示とパワハラは同じではない
「嫌だった」「厳しいと感じた」という主観は、相談を開始するうえでは重要です。
しかし、本人が不快に感じたことだけで、直ちにパワハラと確定するわけではありません。
企業は、パワーハラスメントの定義や判断要素を社員全体に正確に教育する必要があります。
同時に、「ハラスメントかどうかを自分一人で確定する必要もない」ことも伝えるべきでしょう。
疑問があれば相談する。
会社が事実関係を確認する。
そのうえで適切に判断する。
このプロセスを共有することが重要です。
3.「異論を言うこと」と「業務指示を拒絶すること」は違う
健全な組織には、異論が必要です。
「その方法にはリスクがあると思います」
「別の方法の方が効率的ではないでしょうか」
「現在の業務量では期限内の対応が難しいです」
こうした意見を言える環境は、むしろ組織に必要です。
「納得できないからやりません」ということとは区別しなければなりません。
企業が目指すべきなのは、従順な社員をつくることではありません。
異論を言える。しかし、意思決定された後は組織として動ける。
この原則を共有することが、健全なガバナンスにつながります。
4.フィードバックは「攻撃」ではなく人材育成の一部である
上司から改善点を指摘されることは、誰にとっても快適とは限りません。
それでも、人材育成にはフィードバックが不可欠です。
重要なのは、「指摘された=否定された」と捉えないための教育です。
上司側には、人格と行動を分けてフィードバックする技術が必要です。
同時に部下側にも、自分自身への評価と、自分の仕事・行動へのフィードバックを分けて受け止めるというリテラシーが求められます。
双方への教育があって初めて、フィードバックが正常に機能します。
5.上司へのハラスメントも許されない
ハラスメント防止は、「弱い立場の人を守るためだけの制度」ではありません。
上司に対する、
- 人格否定
- 侮辱
- 威圧
- 集団による排斥
- 執拗な攻撃
- 業務妨害
なども、当然に放置してよいものではありません。
ただし、部下から上司への言動を安易にすべて「逆パワハラ」と呼ぶことにも慎重であるべきです。
正当な異論、相談、内部通報、ハラスメント申告まで萎縮させてしまえば、本末転倒だからです。
企業には、「誰が言ったか」ではなく「何が行われたか」を見る姿勢が求められます。
6.問題があれば「正規のルート」で伝える
上司の指示や対応に疑問がある場合に、部下が声を上げること自体は問題ではありません。
むしろ必要です。
そのため企業側は、
- 直属上司への相談
- 上位管理職へのエスカレーション
- 人事への相談
- ハラスメント相談窓口
- 内部通報制度
など、「どこに、どのように伝えればよいのか」を明確にしておく必要があります。
不満を抱え込ませるのでもなく、SNSや職場内で攻撃させるのでもない。
組織として問題を受け止める正式なルートを機能させることが重要です。
7.「権利」と「責任」をセットで教える
企業には社員を守る責任があります。
ハラスメントを受けないこと、安全に働くこと、意見を述べること、相談することは、当然尊重されなければなりません。
一方で、組織で働く以上、
- 自らの役割を果たす
- 合理的な業務指示に対応する
- 必要な報告をする
- 他者の尊厳を尊重する
- 意見の違いを適切な方法で伝える
という責任もあります。
社員教育では、この両方をセットで伝える必要があります。
管理職研修と部下研修を「対」にする
これからのハラスメント対策は、
管理職=加害者にならないための教育
一般社員=被害者にならないための教育
という一方向の構図から脱却する必要があります。
例えば、同じケースについて双方に考えてもらいます。
上司には、「どのように指示・フィードバックすべきか」を考えてもらう。
部下には、「この指示をどう受け止め、異論があればどう伝えるか」を考えてもらう。
同じ場面を異なる役割から学ぶことで、組織として共通の判断基準を形成できます。
必要なのは「管理職を守るルール」ではなく「組織を機能させるルール」
逆パワハラへの対策というと、管理職保護の議論に見えるかもしれません。
しかし、本質はそこではありません。
管理職が必要な指導をできなくなれば、最終的に不利益を受けるのは、成長するためのフィードバックを必要としている多くの社員です。
一方で、「逆パワハラ対策」を理由として、部下が上司に異論を言えない組織をつくってしまえば、それもまた危険です。
企業が設計すべきなのは、
指導できる。
異論も言える。
相談もできる。
最終的には組織として判断できる。
という状態です。
そのためには、管理職だけを教育するのではなく、若手社員を含むすべての社員に、
「組織では誰が何を決めるのか」
「自分にはどのような役割があるのか」
「適切な指導とは何か」
「異論はどのように伝えるのか」
「問題が起きたらどこへ上げるのか」
という基本的なルールを教育する必要があります。
ハラスメント対策は、単なる禁止事項の教育ではありません。
人と組織が健全に機能するための判断基準を共有すること。
そこまで設計して初めて、ハラスメント防止と人材育成を両立できるのではないでしょうか。
この記事の内容を、動画で解説しています。
投稿者
- ケンズプロは、ハラスメント等心理社会的リスクを管理し、健康的な心理社会的職場環境を実現するための組織ガバナンス設計・実装支援ファームです。
