ILO第190号条約(Convention No.190)は、職場における暴力とハラスメントを包括的に禁止するため、2019年に国際労働機関(ILO)が採択した国際条約です。
正式名称は、
「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約」
(Violence and Harassment Convention, 2019 (No.190))
世界で初めて、暴力とハラスメントのない職場環境を労働者の基本的権利として明確に位置付けた国際基準として注目されています。
ILO第190号条約が制定された背景
近年、世界各国で以下のような問題が深刻化していました。
- パワーハラスメント
- セクシュアルハラスメント
- いじめ・嫌がらせ
- 顧客等による暴力やハラスメント
- オンライン上のハラスメント
- 性別や属性を理由とする差別的言動
これらは労働者の尊厳を損ない、健康や安全だけでなく、組織の生産性や持続可能性にも大きな影響を及ぼします。
こうした課題に対応するため、ILOは2019年の総会で第190号条約を採択しました。
条約の目的
ILO第190号条約の目的は、
仕事の世界における暴力及びハラスメントを防止し、すべての人が尊厳を持って働くことのできる環境を実現すること
単なるハラスメント対策に留まらず、人権・安全衛生・労働条件を包括的に保護することを目指しています。
「暴力とハラスメント」の定義
条約では、
身体的、心理的、性的又は経済的な損害をもたらす、又はその可能性のある行為、慣行又は脅威
を「暴力及びハラスメント」と定義しています。
対象は極めて広く、
- 暴言
- 威圧的な指導
- いじめ
- セクハラ
- ストーカー行為
- 身体的暴力
- 差別的言動
- SNSやメールによる嫌がらせ
なども含まれます。
対象となる労働者
ILO第190号条約は、雇用契約の有無を問わず幅広い人々を保護対象としています。
例えば、
- 正社員
- 契約社員
- パート・アルバイト
- 派遣労働者
- インターン
- 求職者
- 研修生
- ボランティア
なども対象となります。
対象となる場所
条約の特徴の一つは、「職場」だけを対象としていないことです。
対象には、
- 通常の勤務場所
- 出張先
- 会議や研修
- 通勤
- 社内イベント
- 顧客先
- オンライン会議
- メールやチャットなどのICT環境
も含まれます。
そのため、リモートワーク時代の新たなハラスメントにも対応できる内容となっています。
カスタマーハラスメントとの関係
ILO第190号条約は、顧客や取引先など第三者によるハラスメントについても言及しています。
これは近年問題となっている、
- カスタマーハラスメント(カスハラ)
- 患者・利用者からの暴力
- 保護者からの暴言
- 取引先からの不当要求
などへの対策の国際的根拠としても注目されています。
企業に求められる対応
条約では、加盟国に対して企業へ適切な対策を求める制度整備を要請しています。
一般的には次のような対応が重要とされています。
方針の策定
暴力・ハラスメントを許容しない方針を明確にする。
リスク評価
職場に存在するリスクを把握し、予防措置を講じる。
相談・通報制度
被害者が安心して相談できる仕組みを整備する。
教育・研修
管理職や従業員への教育を実施する。
是正措置
問題発生時に迅速かつ公正な対応を行う。
ISO45003との関係
ILO第190号条約が、「何を守るべきか」を示す国際基準だとすると、
ISO45003は、「どのように管理するか」を示す実務的なガイドラインです。
両者は補完関係にあり、
- ILO190:暴力・ハラスメントを許さない国際原則
- ISO45003:心理社会的リスク管理の実践手法
として位置付けられています。
日本との関係
日本は2026年時点でILO第190号条約を批准していません。
しかし、
- パワハラ防止法
- 男女雇用機会均等法
- 労働施策総合推進法
- カスタマーハラスメント対策
- 就活セクハラ対策
などの制度整備が進められており、条約の考え方に近づく方向で法整備が進行しています。
また、グローバル企業や海外取引先を持つ企業では、条約批准の有無に関わらず対応が求められるケースが増えています。
なぜ重要なのか
ILO第190号条約は、ハラスメントを個人間のトラブルではなく、「人権・安全衛生・組織運営に関わる課題」として位置付けています。
企業にとっては、
- 従業員の安全確保
- 人的資本の保護
- 離職防止
- ブランド価値の維持
- ESG対応
の観点からも重要な国際基準となっています。
まとめ
ILO第190号条約は、職場における暴力とハラスメントを包括的に禁止する世界初の国際条約です。
対象は職場内に限定されず、顧客対応やオンライン環境まで含まれます。
近年のカスタマーハラスメント対策や就活セクハラ対策、人的資本経営、心理社会的リスクマネジメントの議論とも密接に関係しており、今後の企業経営において重要性が高まる国際基準の一つとされています。
