ビジネスと人権
- 国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」によると、国の人権保護の義務だけでなく、企業も人権を尊重する主体として、次のことを求められています。
- 企業は、企業活動を通じて人権に悪影響を引き起こすこと、及びこれを助長することを回避し、影響が生じた場合は対処する。
- 企業がその影響を助長していない場合であっても、取引関係によって企業の活動、商品又はサービスと直接関連する人権への悪影響を予防又は軽減するように努める。
- 企業の規模や、運営状況、業種等に関係なく、全ての企業に対して、人権を尊重する責任を果たすことが期待されています。
- どのような活動を行う場合でも、国際的に認められた人権を尊重することが求められています。
ビジネスと人権に関し企業が行うべき取組の全体像
企業の責任として「人権を尊重する」ことが求められています。
具体的には、人権への負の影響を防止・軽減し、救済するための具体的な措置として、大きく(a)方針によるコミットメント、(b)人権デュー・ディリジェンスの実施、(c)救済措置、の3つの行動が挙げられています。つまり、人権に関する対応方針を策定し企業としてのコミットメントを表明すること、社内外で調査を実施して人権への影響を把握・特定すること、そして特定した人権に関するリスクに対して予防策・対応策を実施し、適切な救済を提供することが求められています。
(出典)
- OECD「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」
https://mneguidelines.oecd.org/OECD-Due-Diligence-Guidance-for-RBC-Japanese.pdf- 法務省資料『今企業に求められる「ビジネスと人権」への対応 詳細版』(「ビジネスと人権に関する調査研究」報告書)https://www.moj.go.jp/content/001346120.pdf
1.方針によるコミットメント
(1)企業方針の策定
企業は、人権を尊重するという責任ある企業行動(RBC)を企業方針及び経営システムに組み込み、発信することが求められています。
- 自社人権方針(人権ポリシー)の作成・公開
- 人権への取組の責任者を含むマネジメント体制の説明 など
具体的な取組フロー
- 主要取引先3〜5社、主要製品・サービスの1次サプライヤー〜2次サプライヤー、その他ステークホルダーを書き出す
- 書き出したステークホルダーごとの人権課題を抽出する
- 抽出した人権課題中、深刻度及び発生可能性の高い上位5〜8項目を抽出する(優先順位を付ける)
- 抽出した優先順位の高い人権課題について、方針を策定、または現行の企業方針を見直し、更新する
- DD計画を企業方針に組み込む
- 企業のウェブサイトや構内等で公開する(適切な場合、現地の言語を用いる)
- スタッフオリエンテーション又は研修等において、自社及び関係企業の労働者に対して企業方針を伝える
- 上記研修等を定期的に実施する
- 小冊子を配布したり社内メールで文書を一斉送信したりして、適切な間隔で定期的に周知する
- 適時更新する
サプライヤー及びビジネスの関係先に対して
- 企業方針の主要な要素を伝える
- RBC課題に関する条件および期待事項を、契約またはその他の書面による合意書の中に盛り込む
- DDに関する事前資格審査プロセスを構築し、実施する
- 適切なリソースや研修を提供する
- 企業の取引慣行から生じる障壁(購買慣行や取引上のインセンティブ等)について理解し、対処するよう努める
人権方針の策定に必要な5つの要件
- 企業の経営トップが承認していること
- 社の内外から専門的な助言を得ていること
- 従業員、取引先及び、製品やサービス等に直接関与する関係者に対する人権配慮への期待を明記すること
- 一般公開され、全ての従業員や、取引先、出資者、その他関係者に向けて周知されていること
- 企業全体の事業方針や手続に反映されていること
2.人権デュー・ディリジェンスの実施
企業は、人権への影響を特定し、予防し、軽減し、そしてどのように対処するかについて説明するために、人権への悪影響の評価、調査結果への対処、対応の追跡調査、対処方法に関する情報発信を実施することが求められています。この一連の流れのことを「人権デュー・ディリジェンス」と呼んでいます。
(2)人権への影響評価(人権インパクト・アセスメント)
- 人権への負の影響の特定・分析・評価
(1)で抽出した人権課題の深刻度と発生可能性について整理する
■深刻度
仮にその人権に関するリスクが顕在化した場合(インシデントが起こってしまった場合)に引き起こされる人権侵害の深刻さ。
人権侵害がどれだけ被害者らにとって深刻であるか、すなわち人のリスクの深刻さであり、企業にとっての事業影響等の深刻さではありません。
①規模(人権侵害が命に与える影響度合い)
②範囲(影響を受けている、又はその可能性のある人の数)
③是正可能性(影響を被った被害者が、当該人権を享受していた元の状態に復帰できる可能性)
■影響が生じる可能性
事業活動を行う国の状況(法律体系、社会慣行、救済措置の有無)や業界の状況に基づいて評価する方法が考えられます。
具体的な手段
- 自社従業員及びマネジメントへのヒアリング
- 取引先やその他関係者へのヒアリングやアンケート
- 関連する社内書類・記録のレビュー
- 業界・地域特有のリスクや国内外の潮流に関するデスクトップリサーチ、等
指導原則における推奨事項
- 社内もしくは社外の専門家などを通じて、人権に関する専門知識を活用すること
- 自社事業によって影響を受ける可能性があるグループやその他の関連ステークホルダーと協議し、その内容を組み込むこと
(3)ⅰ 教育・研修の実施-(顕在的・潜在的な負の影響に対する)予防/是正措置の実施
- 人権研修の実施
- ダイバーシティに関する社内啓発活動の実施 など
教育・研修のテーマ例
- ハラスメント
- ダイバーシティ(ジェンダー、性的指向・性自認、国籍、宗教等)
- サプライチェーン管理、等
教育・研修の形態
- 担当従業員による社内研修
- 外部講師による社内研修
- 外部の研修・講演会への参加
- eラーニング、等
(3)ⅱ 社内環境/制度の整備-(顕在的・潜在的な負の影響に対する)予防/是正措置の実施
- 各種社内制度(人事・評価・働き方等)の変更・改善
- バリアフリー設備の導入 など
具体的な取組フロー
- 現状の課題を抽出する
- 制度やルール、環境の改善を検討する
- 改善する
社内環境/制度の整備の例
●柔軟な働き方の実現のための施策
- ワークシェアリング
- リモートワークの導入
- フレックスタイムの導入
●差別の防止のための施策
- バリアフリー設備/制度の整備
- より公平な採用基準への変更
●安全保護のための施策
- 労働安全管理マニュアルの整備
- 安全管理設備の導入、等
推奨される協力体制
- 外部専門家の協力
- 社外研修会・企業勉強会等への参加
- 同じ課題を抱えた他企業と問題意識の共有やディスカッションを行う
(3)ⅲ サプライチェーンの管理-(顕在的・潜在的な負の影響に対する)予防/是正措置の実施
- 「サプライヤー行動規範」の策定
- 持続可能な責任ある原料の調達 など
サプライチェーンの管理の取組の例
- サプライヤー行動規範/調達ガイドラインの策定
- サプライヤーに対する人権に関する要求事項を記載(児童労働の禁止、差別の禁止等)
- ウェブサイトによる公開や契約時に行動規範への署名を求める、契約条項に含める等の措置を通して、サプライヤーに周知し対応を求める
- サプライヤーの人権への取組状況のモニタリング
- サプライヤーの工場等の監査の実施により、人権に関するリスクの状況を確認・評価し是正を求める
- 調達基準への人権対応に関する要求の採用
- より人権を考慮した企業活動を実施するサプライヤーからの調達へ切り替える
(4)モニタリング(追跡調査)の実施
- 定期的な従業員/取引先アンケートの実施
- 従業員の勤務状況/労働時間のモニタリング/労働組合との意見交換 など
指導原則における要求事項
- 適切な質的・量的指標に基づいていること
- 人権への悪影響を受けた利害関係者を含む社内外からの意見を活用していること
人権に関するリスクのモニタリング手法の例
- 従業員の労働時間を把握したい場合:タイムカード記録(又は入退館ログ等)の定期確認・分析
- 社内における人権関連トラブルの発生状況を把握したい場合:従業員ホットライン(通報窓口)への通報・相談件数の定期確認・分析
- 社内外におけるハラスメント等の発生状況を把握したい場合:アンケート調査(対従業員・取引先)の定期実施
- 従業員のメンタルヘルスの状態を確認したい場合:ストレスチェックの定期実施
- 労働組合との定期的な意見交換の実施、等
(5)外部への情報公開
一連の取組・対応に関して、外部への情報公開を適切に行うことも企業が果たすべき責任の一部です。
企業は、自社がどのように人権に関するリスクを評価し、どのようにその予防や改善に取り組んでいるのか、全てのステークホルダーに対して十分に説明しましょう。
情報公開方法の例
- 自社ウェブサイトに掲載
- 年次報告書に掲載
- 統合報告書に掲載
- サステナビリティ・レポートに掲載
- 人権報告書に掲載、等
3.救済措置
人権への悪影響を引き起こしたり、又は助長を確認した場合、企業は正当な手続を通じた救済を提供する、又はそれに協力することが求められています。
(6)(実際に引き起こされた負の影響に対応するための)苦情処理メカニズムの整備
- 社内向けホットライン(苦情/相談窓口)の設置
- サプライヤー向けホットライン(同上)の設置
- お客様相談室の設置 など
企業による苦情処理メカニズムの確立の重要性
- 「指導原則」は、人権侵害を受けた者の救済へのアクセスを確実にするよう国家に求めると同時に、企業にも苦情処理の仕組みを検討することを求めています。
- 「指導原則」によると、企業は悪影響を受けた個人及び地域社会のために、実効的な運用レベルの苦情処理の仕組みを構築する、又はこれに参加すべきとされています。
- 人権関連の基準の尊重に基礎をおく業界等は、実効的な苦情処理の仕組みが利用可能であることを確保すべきとされています。
苦情処理メカニズムに求められる8つの要件
1.正当性がある
利用者であるステークホルダー・グループから信頼され、苦情プロセスの公正な遂行に対して責任を負う。
2.アクセスすることができる
利用者であるステークホルダー・グループすべてに認知されており、アクセスする際に特別の障壁に直面する人々に対し適切な支援を提供する。
3.予測可能である
各段階に目安となる所要期間を示した、明確で周知の手続が設けられ、利用可能なプロセス及び結果のタイプについて明確に説明され、履行を監視する手段がある。
4.公平である
被害を受けた当事者が、公平で、情報に通じ、互いに相手に対する敬意を保持できる条件のもとで苦情処理プロセスに参加するために必要な情報源、助言及び専門知識への正当なアクセスができるようにする。
5.透明性がある
苦情当事者にその進捗情報を継続的に知らせ、またその実効性について信頼を築き、危機にさらされている公共の利益をまもるために、メカニズムのパフォーマンスについて十分な情報を提供する。
6.権利に矛盾しない
結果及び救済が、国際的に認められた人権に適合していることを確保する。
7.継続的学習の源となる
メカニズムを改善し、今後の苦情や被害を防止するための教訓を明確にするために使える手段を活用する。
8.エンゲージメント及び対話に基づく
利用者となるステークホルダー・グループとメカニズムの設計やパフォーマンスについて協議し、苦情に対処し解決する手段として対話に焦点をあてる。
関連ページ