- 性的嗜好や人格ではなく、「善意なら問題ない」「自分と相手は親しい」「嫌なら拒否するはず」「自分の場合は大丈夫」といった認識や判断基準のずれが背景にあることがあります。
- その場合、人格を変えようとするのではなく、職場における距離感、権限関係、同意、役職責任などを論理的に理解し直すアプローチが有効であるケースがあります。
- 本稿では、セクハラ行為者への再発防止を「矯正」ではなく「判断基準のアップデート」として捉える方法を解説します。
セクシュアルハラスメントが繰り返されたとき、周囲からこのような言葉が出ることがあります。
「もともとそういう人だから」
「異性との距離感がおかしい」
「性格の問題ではないか」
「性癖なのだから、研修をしても変わらないのではないか」
専門職への相談を経て、会社側が「本人の性格や性癖に由来する問題であり、教育では変えることが難しい」と受け止めているケースもあります。
もちろん、心理・精神医学的な支援や、厳格な就業上の措置が必要となるケースもあります。
しかし、再発防止を考えるうえで注意したいのは、行為の背景を早い段階で「性格」「人格」「性癖」と固定してしまうことです。
実際には、本人と丁寧に話してみると、別の構造が見えてくることがあります。
問題だったのは性癖ではなく、「この程度なら大丈夫」「悪意がなければ問題ない」「自分と相手は親しいから大丈夫」「自分の場合は嫌がられていない」という認識や判断基準だった、というケースも多いのです。
「なぜそんなことをするのか」から始めない
セクハラ行為について、本人の心理を解明しようと、
「なぜ女性にそういうことを言うのですか」
「なぜ身体に触れるのですか」
「女性をどう見ているのですか」
と問うと、本人にとって「自分の人格や性的嗜好を分析されている」と感じられることがあります。
本人は、「自分はそんな人間ではない」「性的な意図などなかった」「自分を異常者扱いするのか」と防御的になります。
ここで対話が止まってしまえば、再発防止にはつながりません。
必要なのは、最初から人格や内面に踏み込むことではなく、「その場面で、なぜその行動を問題ないと判断したのか」を確認することです。
問題は「性的欲求」ではなく「距離感の判断」かもしれない
たとえば、部下の肩や背中に触れたケースを考えます。
本人は、「励ますつもりだった」「親しみを示しただけだった」「ほかの人にもやっている」「嫌がっているとは思わなかった」と説明するかもしれません。
ここで「性的な意図があったのではないか」という議論だけを続けると、本人は「なかった」と答え続け、議論が平行線になる可能性があります。
再発防止という観点からは、別の問いを立てることができます。
職場で身体接触によって親しさを表現する必要があったのか。
相手との距離感を決めた基準は何だったのか。
相手が拒否しなかったことを、どのように受け止めたのか。
こうすると、問題は性的欲求の有無ではなく、職場における対人距離の判断基準になります。
これは学習可能な領域です。
「善意だった」は、再発防止の出発点になり得る
セクハラ行為者への指導でよく出てくるのが、「悪気はなかった」という言葉です。
これを単なる言い訳として処理してしまうと、重要な情報を失うことがあります。
本人が本当に、「励ましたかった」「場を和ませたかった」「親しみを示したかった」と考えていたのであれば、問題は善意そのものではありません。
善意であれば、この方法を選んでも問題ないと判断したことにあります。
目的が「励ますこと」だったのであれば、身体に触れなくても励ますことはできます。むしろ触れることのリスクが大きい。別の方法があります。
目的が「場を和ませること」だったのであれば、性的な冗談を使わなくても実現できます。むしろ場を不安にしている可能性がある。別の方法があります。
目的を否定する必要はなく、手段をアップデートすればよい。
この整理ができると、本人にとって再発防止教育は「自分を否定される時間」ではなく、「より適切な方法を学ぶ時間」に変わります。
注意すべきは「自分だけは大丈夫」という例外認識
セクハラ研修を受け、一般的な知識も持っている。それでも問題が起きる。
この場合、知識不足とは別の問題が存在することがあります。
たとえば、
「普通はダメだが、自分と彼女は仲がいい」
「自分は部下から慕われている」
「自分はいやらしい意図で言っていない」
「相手も笑っていた」
という認識です。
ルールは理解しているが、自分には適用されないと判断している。
これは性癖というより、判断上の「例外処理」の問題です。
厚生労働省も、親しさを表すつもりであっても本人の意図とは関係なく相手を不快にさせる場合があり、「この程度なら許容される」「良好な人間関係ができている」という一方的な憶測や思い込みをしないよう注意を促しています。
再発防止では、この例外処理を解除する必要があります。
「嫌なら言ってくれればよかった」が成立しない理由を教える
もう一つ頻出するのが、「嫌だったなら、その場で言ってくれればやめた」という認識です。
合理的に聞こえるかもしれませんが、職場では、上司と部下、教授と学生・研究者、経営者と社員など、関係に非対称性があります。
相手が笑ったことも、拒絶しなかったことも、必ずしも同意を意味しません。
厚労省も、被害を受けた人が職場の人間関係などを考慮し、拒否できない場合があることに注意を促しています。
この構造を理解すると、「拒否されなかったから大丈夫」から、「相手が拒否しなければ成立する関係なのかを、自分の側から判断する」という基準へ移行できます。
「性癖だから変わらない」と決めてしまうことのリスク
行為の背景を性格・人格・性癖として説明すると、一見すると問題を深く分析したように見えますが、性癖だから変わらない → 教育しても意味がないという結論に直結しやすくなります。
本人にとっても、「あなた自身に問題がある」というメッセージとして受け取られれば、強い反発を生む可能性があります。
一方、
「職場における距離感の基準が現在の環境とずれていた」
「相手との関係性を自己判断していた」
「善意と適切性を混同していた」
「一般ルールを理解していたが、自分を例外としていた」
という問題であれば、具体的な学習課題に変換できます。
知識を「教え直す」だけで腑に落ちることもある
- なぜ職場では相手との関係性が非対称になるのか
- なぜ「嫌だと言わなかった」が同意を意味しないのか
- なぜ善意と行為の適切性は別問題なのか
- なぜ親しいという自己認識だけでは足りないのか
- なぜ役職が上がるほど距離感に慎重さが必要になるのか
これらを一つずつ論理的に説明すると、「そういうことだったのか」と理解する方が多いと、当社は実感しています。
重要なのは、単なる禁止事項として教えるのではなく、なぜその基準が必要なのか、まで説明することです。
本人の中で論理がつながれば、行動を変える理由ができます。
再発防止教育は、キャリアを再構築するためのもの
ハラスメント行為が認定された人は、処分だけでなく、その後のキャリアについて大きな不安を抱えることがあります。
特に経営者、役員、管理職、教授、専門職など、長いキャリアを築いてきた人にとって、ハラスメント問題は自己認識そのものを揺るがす出来事になり得ます。
だからこそ再発防止教育を、「あなたは問題のある人だから矯正する」という設計にしないことが重要です。
問題となった判断を具体的に特定し、
「ここは変える必要がある」
「ここまでの専門性や能力を否定する必要はない」
「次に同じ場面が来たら、こう判断すればよい」
と整理する。
すると本人は、過去の行為について責任を引き受けながらも、「これからどう働くか」を考えられるようになります。
結論
企業がセクハラ行為者への個別指導を行う目的は、人格診断でも、性的嗜好の分析でもありません。
企業として必要なのは、職場において同様の行為を繰り返さないために、本人が判断と行動を変えられる状態をつくることです。
もちろん、実際に心理・精神医学的な支援が必要と考えられるケースでは、適切な専門職につなぐ必要があります。
その可能性と、企業における再発防止教育によって修正可能な認識・判断・行動の問題は分けて考えるべきです。
人を変えようとするのではなく、判断基準をアップデートする。
それだけで再発防止への対話が動き始めるケースは、珍しくありません。
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投稿者
- ケンズプロは、ハラスメント等心理社会的リスクを管理し、健康的な心理社会的職場環境を実現するための組織ガバナンス設計・実装支援ファームです。
