厳しい指導とスポーツハラスメントの境界線はどこか
ケンズプロは、指導の適切性を「目的・対象・手段・必要性・尊厳」の5つの視点から整理しています。人格ではなく技術や行動という「コト」に焦点を当て、高い要求と人権尊重を両立することが、スポハラ防止と指導の質向上につながります。 競技中の大声での指示、高い目標の要求、フォーム修正など、スポーツには一定の厳しさが必要な場面があります。一方、「勝つため」「指導だから」という理由だけで、人格否定、暴力、不必要な身体接触などが正当化されるわけではありません。
スポーツ界のハラスメントを考えるとき、最も難しい問題の一つが、「厳しい指導」と「ハラスメント」の境界です。
一般的な職場であれば強すぎると感じられる言動でも、競技の世界には「必要」な場合があります。
離れた場所にいる選手へ大声で指示する、危険な動きを瞬時に止めるため強い口調で注意する、高い競技レベルを目指す選手に現在の能力では足りないことを明確に伝える・・・
こうした行為まで一律に禁止すれば、スポーツ指導そのものが難しくなります。
一方で、
「スポーツは厳しい世界だから」
「勝つためには必要だから」
「本人も承知して指導を受けているから」
という理由だけで、あらゆる言動が「指導」として許容されるわけでもありません。
必要なのは、「厳しいか、優しいか」という感覚的な二択ではなく、何のために、何を対象として、どのような方法で行われた指導なのかを見極めることです。
「厳しい=ハラスメント」ではない
スポーツは、高いパフォーマンスを追求する活動です。
選手が全国大会、プロ、世界大会、オリンピックなど高いレベルを目指しているのであれば、それに応じて求められるトレーニングや技術水準も高くなります。
すべての選手に同じ「厳しさ」を適用することも適切ではありません。
例えば、健康や交流を目的とする地域スポーツと、世界大会を目指す競技スポーツでは、求められるトレーニングの水準は異なるでしょう。
育成年代と成人のプロ選手でも異なります。
重要なのは、厳しさそのものを排除することではありません。
その厳しさが、競技上の合理的な目的と結びついているかを、考えることです。
境界線① 「人」を攻撃しているのか、「コト」を改善しているのか
分かりやすい判断軸:
- 「ヒト」に向かっているのか
- 「コト」に向かっているのか
例えば、「このフォームでは勝てない。手の位置をもう少し上げよう」という指導が扱っているのは、フォームという「コト」です。
一方、「だからお前はダメなんだ」「本当に使えないな」という言葉は、改善すべき行為ではなく、選手本人、つまり「ヒト」に向かっています。
さらに、「根性が腐っている」「人間として終わっている」となれば、競技上の改善との関係はさらに希薄になります。
指導の目的は、選手の人格を矯正することではありません。
技術、判断、行動、コンディショニングなど、競技上改善すべき「コト」を改善することです。
指導者自身が、「私は今、この選手の何を改善しようとしているのか」を説明できるかどうかは、一つの重要な判断材料になります。
境界線② 競技上の目的と関係があるか
次に確認したいのは、指導行為と競技上の目的との関係です。
例えば、「残り30秒。もっと前に出ろ!」と大声で指示することには、競技上の明確な目的があります。
危険な動作をしている選手に、「止まれ!」と強い声を出すことにも合理的な理由があります。
一方、ミスをした選手を長時間立たせ続ける、
皆の前で繰り返し侮辱する、
私生活上の失敗を持ち出して罵倒する、
こうした行為については、その方法が、本当に技術やパフォーマンスの改善に必要なのかを検討する必要があります。
「昔からそうしている」「気合を入れるため」という説明だけでは、合理性を十分に説明できない場合があります。
境界線③ 目的に対して「手段」が相当か
目的が正しければ、どのような方法でも許されるわけではありません。
例えば、フォームを修正する必要があるとします。
身体の位置を示すために、必要な説明をした上で適切な方法で身体に触れることと、「フォームを直すため」と称して殴ることは、同じではありません。
同じように、
「集中力を高める」
「精神的に強くする」
「試合への覚悟を持たせる」
という目的があったとしても、暴力、脅迫、人格否定などが当然に正当化されるわけではありません。
ここで必要なのが、目的と手段を分けて考えることです。
目的が競技上合理的であっても、より安全で効果的な方法があるのであれば、なぜ身体的・精神的苦痛の大きい方法を選ぶ必要があるのかが問われます。
ケーススタディ
ケース1|大声で「しっかりしろ!」
例えば試合中、指導者が選手に、「しっかりしろ!」と大声で叫んだとします。
この一言だけを切り取って、直ちにハラスメントか否かを決めることは適切ではありません。
広い競技場で指示を届けるためだったのか、
危険を知らせるためだったのか、
試合中に瞬間的に発したものなのか、
選手を長時間怒鳴り続けたのか、
日常的に特定の選手だけを威圧しているのか。
同じ言葉でも、状況によって意味は変わります。
したがって、「大声=ハラスメント」というルールを作ることが解決ではありません。
見るべきなのは、目的・状況・頻度・方法・影響です。
ケース2|「それでは勝てないぞ」
「それでは勝てないぞ」という言葉は、選手にとって厳しい言葉かもしれません。
しかし、高い競技水準を目指している選手に、現在の状態では目標に届かないことを伝える必要がある場面もあります。
さらに、「それでは勝てない。相手はこの位置を狙っているから、次はここを修正しよう」まで伝えれば、改善すべき「コト」が明確になります。
これに対して、「だからお前はダメなんだ」となれば、対象が変わります。
技術への評価から、人格への評価へ移動しているからです。
高い要求を伝えることと、人格を否定することは別です。
ケース3|フォーム修正のために身体へ触れる
身体への接触についても、「触った/触っていない」だけで判断することはできません。
スポーツでは、フォームや身体の位置を示すために接触が必要となる場合があります。
しかし、「指導だから身体に触れてよい」という包括的な許可が存在するわけではありません。
特に、胸部、臀部、腰部その他の身体への接触については、
本当にその接触が必要なのか
別の方法で説明できないのか
どこに、なぜ触れるのか説明したか
本人の意思を尊重しているか
を考える必要があります。
動画、模型、言語説明、選手自身による動作確認など、代替手段がある場合もあります。
「指導」という名称によって、不必要な身体接触が正当化されない仕組みが必要です。
ケース4|「レギュラーになりたければ」
スポーツ界で特に深刻なのが、指導者の評価・選抜権を利用した行為です。
例えば、「レギュラーになりたければ言うことを聞け」という言葉によって、私的な交際や性的関係を求める。
これは単なるコミュニケーション上の問題ではありません。
指導者が持つ、評価権・選抜権・出場機会への影響力を背景として選手の自由な意思決定を歪める構造だからです。
表面的には選手が拒否していなかったとしても、権力関係を考慮する必要があります。
スポーツにおけるセクシュアルハラスメントを考える際には、行為だけでなく、その同意がどのような関係の中で形成されたのかを見る必要があります。
「本人が耐えられるか」を基準にしない
もう一つ注意したいのが、「本人が嫌がっていなかった」「本人が耐えられた」という基準です。
高い競技目標を持つ選手ほど、多少の苦痛を受け入れる可能性があります。
指導者との関係を壊したくない選手ほど、不快でも「大丈夫です」と答えるかもしれません。
したがって、選手が我慢できる限界=適切な指導の限界ではありません。
本人の受け止めは重要な要素ですが、それだけではなく、目的、必要性、方法、頻度、権力関係、身体・心理への影響などを総合的に見る必要があります。
指導の適切性を考える「5つの問い」
スポーツ指導の現場では、複雑な法律論を毎回検討することは現実的ではありません。
そこで、指導者自身が次の5点を確認できるようにすることが有効です。
① PURPOSE|目的
この指導には、競技・育成上の合理的な目的があるか。
② TARGET|対象
人格ではなく、改善すべき技術・行動・判断という「コト」に向かっているか。
③ METHOD|手段
その目的を達成する方法として適切か。
④ NECESSITY|必要性
より安全で、尊厳を損なわない方法で同じ目的を達成できないか。
⑤ DIGNITY|尊厳
選手を一人の人間として尊重する方法になっているか。
この5つを通過できる指導であれば、単に「優しい指導」なのではなく、合理性のある質の高い指導に近づきます。
スポハラ対策は、指導者を萎縮させるためのものではない
ハラスメント防止を強調しすぎると、「何も言えなくなる」「厳しく指導できない」「選手に注意できない」という不安を指導者が持つことがあります。
本来のスポハラ対策は、指導を弱くするものではありません。
むしろ、指導の質を高める取り組みです。
- 何を要求するのかを明確にする
- 改善すべき行動を具体的に伝える
- 目的に適した方法を選択する
- 人格ではなく「コト」にフィードバックする
高い要求と、人権尊重は両立できます。
「厳しいか」ではなく、「適切か」
スポーツハラスメントを考えるとき、「どこまで厳しくしてよいのか」という問いだけでは、答えにたどり着きにくくなります。
より重要なのは、「この指導は、競技上の目的を達成するための適切な方法なのか」という問いです。
厳しくても、合理的で具体的な指導はあります。
一見穏やかでも、選抜権を利用して選手を支配する行為はあります。
したがって、声の大きさや言葉の強さだけでは判断できません。
目的・対象・手段・必要性・尊厳。
この5つの視点から指導を見直すことが、指導者を萎縮させず、選手の尊厳を守りながら、高いパフォーマンスを追求するスポーツ組織につながります。
スポーツ人権・ガバナンス研究所(SHRGI)は、単に「厳しい指導をなくす」のではなく、高い要求を適切な方法で伝えられるスポーツ環境をつくることを、Safe Sport Governanceの重要な要素と考えます。
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投稿者
- ケンズプロは、ハラスメント等心理社会的リスクを管理し、健康的な心理社会的職場環境を実現するための組織ガバナンス設計・実装支援ファームです。
