なぜスポーツ界ではハラスメントが繰り返されるのか―「問題のある指導者」だけではない構造的要因

なぜスポーツ界ではハラスメントが繰り返されるのか。

  • 勝利至上主義、監督・コーチへの指導権・評価権・選抜権の集中、強い上下関係や集団規範、「厳しい世界だから耐えるべき」という文化、過去の指導方法の継承など、スポーツ特有の構造が問題を生み、表面化しにくくすることがあると考えられます。
  • 重要なのは、厳しい指導をなくすことではなく、人格ではなく技術や行動という「コト」に焦点を当て、高い要求を適切に伝えることです。
  • スポハラを組織のシグナルとして捉え、選手の安全・尊厳と競技パフォーマンスを両立する「Safe Sport Governance」への転換が求められます。

スポーツ界では、長年にわたり、指導者による暴言、暴力、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメントなどが繰り返し問題となってきました。
大きな問題が報道されるたびに、「指導者の資質」「時代遅れの指導」「コンプライアンス意識の欠如」が指摘され、処分や研修が行われます。

もちろん、不適切な行為をした本人に対する是正は必要ですが、スポーツ界におけるハラスメントを考えるうえでは、「誰が問題を起こしたのか」だけではなく、「なぜ、その行為がその組織の中で発生し、継続することができたのか」を見る必要があります。
スポーツハラスメントは、個人の問題であると同時に、組織構造とガバナンスの問題でもあります。

スポーツでは「指導」と「ハラスメント」の境界が見えにくい

スポーツ界におけるハラスメントの特徴の一つが、「指導」「注意」「育成」との境界の難しさです。
スポーツは、そもそも高いパフォーマンスを目指す活動です。
技術的な問題を厳しく指摘することもあります。高い目標を設定することもあります。瞬間的に大きな声で指示を出さなければならない競技もあります。
「厳しい=ハラスメント」と単純に判断することはできません。
競技レベル、年齢、指導の目的、選手と指導者の関係、言葉、頻度、場所、状況などによっても評価は異なります。

しかし、「スポーツだから厳しくて当然」という考え方が強くなりすぎると、別の問題が生じます。
不適切な行為まで、「指導だから」「強くなるためだから」「勝つためだから」と正当化される可能性があるからです。

「厳しい世界を選んだのだから耐えるべき」なのか?

さらに問題を複雑にするのが、選手自身が高い目標を持ってその世界に入っていることです。

「全国大会に行きたい」
「プロになりたい」
「日本代表になりたい」
「オリンピックを目指したい」

本人がその指導者を選び、厳しい世界に入ったのであれば、多少理不尽なことがあっても耐えるべきだ――。
こうした認識は、指導者側だけではなく、選手、保護者、OB・OG、チーム関係者にも共有されている場合があります。
すると、選手自身も、「これくらいで相談してはいけない」「自分が弱いだけかもしれない」「強くなるためには必要なのだろう」と考えるようになります。
問題が存在していても、それを問題として認識すること自体が難しくなるのです。

背景① 勝利至上主義

勝つことは、競技スポーツの重要な目的の一つですが、勝利があらゆる判断に優先するようになると、「結果が出ている指導だから正しい」という評価が生まれることがあります。

厳しい指導を受けた選手が結果を出すと、
厳しく指導した

選手が勝った

この指導方法は正しかった
という成功体験が形成されます。

しかし、結果が出たことと、その指導方法が適切だったことは同じではありません。
短期的な競技成績だけを評価していると、不適切な指導方法まで「成功した指導」として組織内に学習され、次の世代へ継承される可能性があります。

背景② 指導者への権限集中

スポーツ組織には、一般的な職場以上に強い権力関係が形成される場合があります。

監督やコーチが、
指導権
評価権
選抜権
試合出場への影響力
推薦・進路・キャリアへの影響力

を持っているからです。

選手にとって、指導者との関係悪化は単なる「人間関係の悪化」ではありません。
試合に出られない、代表に選ばれない、推薦を受けられないなど、自分の競技人生そのものに影響する可能性があります。
形式上は自由に意見を言えるとしても、実質的には極めて言いにくい関係が成立することがあります。

背景③ 強い集団規範と閉鎖性

強いチームをつくるためには、一定の規律や一体感が必要です。

しかし、一体感が過度に強くなると、
「チームのことを外に話すな」
「監督に逆らうな」
「みんな耐えている」
「チームの和を乱すな」
という規範が形成されることがあります。

すると、相談すること自体が「裏切り」のように扱われかねません。
内部で問題が起きていても、外部からは非常に見えにくくなります。
結束力はスポーツ組織の強みですが、異論を許さない結束はリスクにもなります。

背景④ 「自分もそう育てられた」という負の継承

スポーツ界では、選手が引退後に指導者になることも少なくありません。
その際、自分が受けてきた指導が、無意識のうちに「指導とはこういうものだ」という基準になります。

「自分たちの時代はもっと厳しかった」
「自分も殴られて強くなった」
「これくらいで音を上げていては勝てない」

こうした経験則によって、不適切な指導方法が世代を超えて継承されることがあります。
個々の指導者に悪意がなくても、組織文化として学習された行動様式が再生産されるのです。

背景⑤ 身体への介入が日常的に存在する

スポーツでは、身体への介入が必要になる場面があります。
フォームの修正、ストレッチ、トレーニング、体重管理、コンディショニングなど、一般的な職場とは比較にならないほど身体との距離が近い世界です。
だからこそ、セクシュアルハラスメントについても注意が必要です。

「フォームを直すため」
「身体の状態を確認するため」
「選手を管理するため」
という目的があったとしても、それだけであらゆる身体接触や私生活への介入が正当化されるわけではありません。
必要性、方法、範囲、本人への説明や意思確認などについて、明確な基準が必要です。
特に、指導者が選抜や評価にも影響を与える場合には、選手が拒否しにくいことを前提に制度を考える必要があります。

「人」ではなく「コト」を指導する

では、厳しい指導をすべてなくせばよいのでしょうか。

そうではありません。
重要なのは、選手という「人」を否定することと、改善すべき「コト」を指摘することを区別することです。

例えば、「このフォームでは勝てない。手の位置を修正しよう」という指導と、「だからお前はダメなんだ」という言葉は、似ているようで本質的に異なります。
前者が扱っているのは、フォームという「コト」です。
後者が否定しているのは、選手という「人」です。

高いパフォーマンスを要求するのであれば、なおさら、

  • 何が問題なのか
  • なぜ改善が必要なのか
  • どうすれば改善できるのか


を具体的に伝える必要があります。

人格を否定しても、技術上の問題が明確になるわけではありません。
スポハラ対策とは、指導を弱くすることではなく、指導の精度を高めることでもあります。

問題のある指導者を探すだけでは、再発は防げない

ハラスメントが発生すると、どうしても、「あの監督が問題だった」「あのコーチの性格に問題があった」という個人の問題として整理されがちです。

本当に再発を防ぐのであれば、その先を見る必要があります。

  • なぜ周囲の指導者は止められなかったのか
  • なぜ選手は相談できなかったのか
  • なぜ保護者やスタッフは問題を把握できなかったのか
  • なぜ、その指導方法が長期間許容されていたのか
  • 監督・コーチに権限が集中しすぎていなかったか
  • 競技成績だけで指導者を評価していなかったか

ここまで検証することで、組織としての再発防止が始まります。

スポハラを「組織のシグナル」として捉える

暴言や暴力、セクシュアルハラスメントなどの事案が発生した場合、その行為自体への対応は当然必要です。

ガバナンスの観点からは、もう一つの見方があります。
ハラスメントという事象は、そのスポーツ組織の構造に何らかの問題が存在していることを知らせる「シグナル」かもしれない。という見方です。

例えば、
ハラスメント発生

選手が長期間相談できなかった

指導者に評価・選抜権が集中していた

指導者以外の相談ルートが機能していなかった

競技成績だけが指導者評価の中心だった

という構造が見つかることがあります。

この場合、行為者への処分や研修だけでは十分ではありません。
権限、評価、情報経路、相談体制、監督機能などを見直す必要があります。

「NO!スポハラ」から、Safe Sport Governanceへ

スポーツ界に必要なのは、「ハラスメントをしてはいけない」という禁止だけではありません。

  • 選手が安全に競技できること
  • 指導者が必要な指導を適切に行えること
  • 選手が必要な異論や相談を表明できること
  • 問題が起きれば組織が早期に把握できること
  • 発生した問題から組織が学習できること

これらを仕組みとして実装する必要があります。

スポーツ人権・ガバナンス研究所(SHRGI)では、これをSafe Sport Governance ― 選手の安全・尊厳と競技パフォーマンスを両立する統治として捉えます。

目指すべきは、選手を守るために指導者を萎縮させることでも、勝つために選手へ我慢を求めることでもありません。
人権を尊重しながら、高いパフォーマンスを要求できる。
選手も指導者も守られながら、強いチームをつくる。
スポハラ対策を「禁止事項の周知」で終わらせず、持続的に強いスポーツ組織をつくるためのガバナンスへ進化させることが求められています。

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スポーツ人権・ガバナンス研究所(SHRGI)

投稿者

株式会社 ケンズプロ
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ケンズプロは、ハラスメント等心理社会的リスクを管理し、健康的な心理社会的職場環境を実現するための組織ガバナンス設計・実装支援ファームです。