兵庫県知事の不正行為を内部告発した男性職員が死亡した事件では、県が「公益通報」に当たる可能性のある告発も誹謗中傷と判断し、告発者を特定した上で男性職員を懲戒処分したことの妥当性が問われています。
「公益通報」「公益通報者保護制度」とは、どのようなものなのでしょうか。
公益通報者保護法とは
公益通報者保護法とは、国民生活の安全・安心を損なうような企業不祥事による被害拡大を防止するために通報した事業者内部の労働者等が、公益のために通報を行ったことを理由として解雇等の不利益な取扱いを事業者から受けることのないよう、どこへどのような内容の通報を行えば保護されるのかという制度的なルールを明確にする法律です。
公益通報とは
公益通報とは
「公益通報」とは、
- 労働者等が、
- 役務提供先の不正行為を、
- 不正の目的でなく、
- 一定の通報先に通報すること
をいいます。
通報の主体(通報の主体)は、労働者等(労働者・退職者・役員)
「労働者」には、正社員、派遣労働者、アルバイト、パートタイマーなどのほか、公務員も含まれます。
「退職者」は、退職や派遣労働終了から1年以内の者に限ります。
「役員」とは、取締役、監査役など法人の経営に従事する者をいいます。
「通報する内容」は、一定の法令違反行為
「役務提供先」(※1)において一定の法令違反行為が生じ、又はまさに生じようとしている旨を通報する必要があります。
一定の法令違反行為とは、「国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律」として公益通報者保護法や政令で定められた法律に違反する犯罪行為若しくは過料対象行為、又は最終的に刑罰若しくは過料につながる行為をいいます。
例えば
- 部長が会社の資金を横領している
- 自動車修理工場で自動車を故意に傷つけ、保険金を不正請求している
- 役員が業務委託先の社員に性犯罪行為をしている
- 安全基準を超える有害物質が含まれる食品を販売している
- 残業代の不払いや労災隠しをしている・無許可で産業廃棄物の処分をしている
- リコールに相当する不良車が発生したにも関わらず、虚偽の届出をしている
- 法令上、資格が必要な検査に無資格者を従事させている、等
※1「役務提供先」とは
「役務提供先」とは、労働者や役員が役務を提供している(退職者(※)の場合は提供していた)事業者のことです。
通報の主体や勤務形態に応じて、「役務提供先」は以下のとおりです。
- 雇用元(勤務先)で働いている場合→雇用元(勤務先)の事業者
- 派遣労働者として派遣先で働いている場合→派遣先の事業者
- 役員を務めている事業者(勤務先)で働いている場合→役員を務めている事業者(勤務先)
- 勤務先・派遣先の事業者と取引先の事業者の請負契約等に基づいて当該取引先で働いている場合→取引先の事業者
※退職者の場合は、通報の1年前まで働いていた①②④のいずれかの事業者が「役務提供先」となります。
「通報の目的」が不正の目的でないこと
不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的で通報した場合は、公益通報にはなりません。
「通報先」は3つ
通報先は、
- 事業者内部(、「役務提供先」又は「役務提供先があらかじめ定めた者」)、
- 権限を有する行政機関(通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関)、
- その他の事業者外部(報道機関、消費者団体、事業者団体、労働組合/周辺住民(有害な物質が排出されている場合等)、等)
のいずれかです。
保護の内容〜通報者への対応にあたり、守るべきことは?
(1)通報を理由とする、通報者の解雇は無効です。
※労働者派遣契約の解除も無効です
(2)通報を理由とする、通報者に対する不利益な取扱いは禁止です。
降格、減給、退職金の不支給・減額・没収、給与上の差別、訓告、自宅待機命令、退職の強要、専ら雑務に従事させることなど、不利益な取扱いは禁止されています。
※派遣先が派遣元に派遣労働者の交代を求めることなど、不利益な取扱いをすることも禁止されています。
(3)通報を理由とする、通報者に対する損害賠償請求はできません。
(4)通報者を特定する情報は、厳重に取扱いましょう。
(5)通報者を探してはいけません。
(6)通報を妨害してはいけません。
保護の条件
通報先に応じて、公益通報者保護法に基づく保護を受けるための要件(保護要件)が定められています。
①事業者(内部通報)(※国・地方公共団体も含む)
不正があると思料すること
②行政機関
不正があると信ずるに足りる相当の理由があること又は不正があると思料し、氏名などを記載した書面を提出すること
③報道機関等(通報対象事実の発生・被害の拡大を防止するために必要であると認められる者)
不正があると信ずるに足りる相当の理由があること及び不利益な取り扱いを受ける恐れ等の事由があること、
(例:内部通報では解雇されそうな事由、生命・身体への危害、財産への重大な損害が発生する事由など)
公益通報に対応するための体制を整備する義務等
令和2年の法改正においては、事業者が自浄作用を発揮し、法令違反を早期に是正する観点から、常時使用する労働者の数が300人を超える全ての事業者に対し、内部公益通報対応体制の整備義務を課しています。
また、従業員数が300人以下の事業者は、内部通報制度の整備に努めることとされています。
(1)事業者に対し、事業者内から広く通報を受け付けるなど通報に対応する体制を整備することが義務付けられています。
内部通報を受け付け、調査を実施し、是正に必要な措置をとる責任者と担当部署を決めましょう。
その際、従業員が心理的に通報し易い部署や担当者を選びましょう。
企業の外部に窓口を設置することやハラスメント窓口と兼ねることも可能です。
(2)公益通報者を保護する体制の整備も義務付けられています。
(例)不利益な取扱いの禁止や通報者に関する情報の守秘
(3)内部公益通報対応体制を実効的に機能させるための措置をとる必要があります。
(例)従業員等への教育・周知、通報者への通知、記録の保管や体制の定期的な見直し、内部規程の策定・運用
内部通報制度の導入手順例
- 制度導入の検討
- 内部通報対応の責任者と窓口設置場所の選定
- 窓口や調査の担当者の指定と研修
- 内部規程や対応マニュアル、受付票の準備
- 従業員・役員等に周知と研修
内部通報制度は、企業内の不正を早期に発見・是正して企業と従業員を守るための制度です。
300人以下の事業者様も積極的に導入し、社内の自浄力を高めましょう。
ハラスメントについての通報は、保護の対象となるのでしょうか。
政府は、以下のように回答しています。
パワー・ハラスメントは労働施策総合推進法(昭和41年法律第132号)、セクシュアル・ハラスメントは男女雇用機会均等法(昭和47年法律第113号)においてそれぞれ規定されていますが、いずれも犯罪行為若しくは過料対象行為又は最終的に刑罰若しくは過料につながる法令違反行為とされていないことから、これらの法律違反についての通報は、公益通報には該当しません。 なお、ハラスメントが暴行・脅迫や強制わいせつなどの犯罪行為に当たる場合には、公益通報に該当し得ます。
(消費者庁パンフレット『公益通報ハンドブック』https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_220705_0001.pdf)
以上のように、法律により公益通報者が保護されるには、易しいとは言い難い要件を満たさなければなりません。
しかし、法律上保護されるか否かに関わらず、すべての事業者は、内部通報者を不利益に取り扱ったり、嫌がらせをしたりするべきではなく、通報を真摯に受け止め、中立的かつ客観的な調査を速やかに実施し、公正な対応をするべきです。
それは、社内にはびこる無数の問題を自浄する力を高めることになります。
通報者が犯罪者と同じように扱われると思えば、誰も通報しなくなります。
不正行為の主体者は、声を上げられないことに漬け込み、組織に侵入し破壊します。
内部通報は内部で解決するための貴重な情報提供です。
<出典・参考資料>
- 消費者庁パンフレット『内部通報制度を活用して信頼度UP!~ 公益通報者保護法をご存じですか?~』
- 消費者庁パンフレット『公益通報ハンドブック改正法(令和4年6月施行)準拠版』
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