大学における不正事案は、決して珍しいものではありません。
研究費の不適切使用、研究不正、ハラスメント、権限の濫用――。
その都度、「特定の教授」「一部の研究室」「例外的な逸脱」として語られ、時間とともに風化していきます。
しかし本当に、それらは個人の資質や倫理観の問題なのでしょうか。
私たちは実務の現場で、同じ問いに何度も直面してきました。
本稿では、「誰が悪いか」ではなく、なぜ大学では不正が“起きやすく、是正されにくいのか”を、組織構造の観点から整理します。
1. 不正は「意図」より先に、「構造」から生まれる
不正事案が発覚すると、まず注目されるのは行為者の動機や倫理観です。
しかし、多くのケースを横断的に見ると、不正は突発的な逸脱ではなく、構造の隙間から必然的に生じていることが分かります。
とりわけ大学では、
- 研究費の獲得
- 研究方針の決定
- 研究室運営
- 人事・評価への影響力
といった重要な意思決定が、特定の教授個人に集中しやすい構造があります。
この状態は、善意と高い能力を前提にすれば機能します。
しかし一度その前提が揺らぐと、チェックされない裁量は、容易に不透明な運用へと変質します。
2. 「研究の自由」と「無制限の裁量」は別物である
大学において頻繁に持ち出される言葉が「研究の自由」です。
これは学問の根幹を支える極めて重要な原則であり、尊重されるべきものです。
一方で、実務の現場では、研究の自由が、運営上の無制限な裁量と混同されている場面を少なからず見かけます。
- 研究費の使途判断は誰が、どこまで関与するのか
- 人的配置や役割分担に、第三者の視点は入っているか
- 問題が生じた際、誰が是正の判断を下すのか
これらが明確でない場合、「自由」はいつの間にかブラックボックス化し、結果として不正の温床となります。
3. 大学特有の「声が上がらない」力学
大学組織では、形式上の制度と実態のあいだに、大きな乖離が生じがちです。
- 指導教授と学生・若手研究者の圧倒的な力関係
- 将来のキャリアに直結する評価構造
- 「学内の問題は学内で」という閉鎖性
その結果、問題に気づいている人がいても、異議が表に出にくい。
内部通報制度や相談窓口が存在していても、
「通報しても状況は変わらないのではないか」
「自分が不利益を被るのではないか」
という心理的ハードルが、是正の芽を摘んでしまいます。
制度があることと、機能していることは全く別なのです。
4. 「成果が出ている間は見ない」という組織の無意識
大学だけでなく、企業や研究機関でも共通する現象があります。
それは、
成果が出ている間は、運営上の問題が見過ごされやすい
という点です。
- 論文が出ている
- 外部資金を獲得している
- 国際的評価が高い
こうした状況下では、運営の歪みや兆候は「些細な問題」として後回しにされがちです。
しかし、成果と統治は本来トレードオフではありません。
統治が弱い組織ほど、不正という形で成果そのものを失う――
多くの事例が、その逆説を示しています。
5. 問われているのは「処分」ではなく「設計」である
不正事案が起きた後、処分や再発防止策が講じられることは当然です。
しかし、より本質的なのは、
- なぜ一人に権限が集中していたのか
- なぜチェックが働かなかったのか
- なぜ早期是正ができなかったのか
という設計の問題です。
個人の断罪で終わらせる限り、同じ構造は別の場所で、別の形で再現されます。
6. 大学に求められる「静かなガバナンス」
大学のガバナンスに必要なのは、過度な管理や現場の萎縮ではありません。
必要なのは、
- 権限と責任の適切な分散
- 判断プロセスの可視化
- 独立した是正ルートの確保
- 研究の自由を守るための最低限の統治ルール
という、静かで持続可能な設計です。
不正をなくすことは、研究の自由を奪うことではありません。
むしろ、自由を守るためにこそ、構造が必要なのです。
おわりに ―「例外」ではなく「兆候」として捉える
大学の不正事案は、特定の個人の問題ではなく、組織が発している兆候です。
その兆候を「例外」として処理するのか、それとも構造を見直す契機とするのか。
今、大学に問われているのは、厳しさよりも、判断の質なのかもしれません。
投稿者
- ハラスメントを排し、個の真価を最大化する。ケンズプロは、日本の技術が世界を席巻する『正道』を論理で描く、組織ガバナンスの専門パートナーです。
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