「睡眠時間が短いと、生産性が下がる」この事実自体は、すでに広く知られています。
かつての日本ビジネス界では「不眠不休」が美徳とされてきました。
しかし、最新のデータはその価値観を真っ向から否定しています。
ランド研究所の調査によると、睡眠不足による日本の経済損失は年間で最大1,380億ドル(約15兆円)に達すると試算されています。
これはGDPの約2.92%に相当し、先進国の中でも突出して高い数字です。
しかし、ここで本当に問うべきなのは、「どれほど損をしているか」だけではありません。
より問うべきは、なぜ、睡眠不足が放置され続ける組織が生まれるのかという構造です。
睡眠不足が奪うのは「時間」ではない
睡眠不足によって失われるのは、単なる作業効率ではありません。
最も大きく損なわれるのは、判断の質です。
- リスクを過小評価する
- 感情的な判断が増える
- 他者への配慮が欠ける
- 長期視点が持てなくなる
これらはすべて、睡眠不足による認知機能の低下と強く関連しています。
つまり、睡眠不足とは、人的資本を「疲労した判断装置」として使い続ける状態なのです。
問題は「寝ない人」ではなく「寝られない構造」
多くの組織では、睡眠不足は個人の自己管理の問題として扱われます。
- 忙しいのは仕方がない
- 成果を出す人ほど睡眠時間が短い
- 若いうちは多少無理がきく
しかし実際には、睡眠不足が慢性化している職場ほど、次の特徴を持っています。
- 業務量と人員配置が乖離している
- 判断や承認が特定の人に集中している
- 緊急対応が常態化している
- 「長時間=頑張っている」という評価軸が残っている
ここでは、個人が努力しても睡眠時間は確保できません。
問題は意識ではなく、構造です。
睡眠不足は、静かに組織リスクを高める
睡眠不足が常態化した組織では、次のような現象が起こりやすくなります。
- ハラスメントの増加
- ミス・事故・インシデントの増加
- 不祥事の初動判断の遅れ
- コンプライアンス違反への鈍感さ
これらは偶然ではありません。
判断疲労が蓄積した状態では、人は「本来なら止める判断」を下せなくなります。
睡眠不足は、ガバナンスを内側から弱らせる要因でもあるのです。
「睡眠を取れ」と言っても、状況は変わらない
睡眠の重要性を啓発するだけでは、状況は改善しません。
なぜなら、
- 寝ると仕事が終わらない
- 休むと迷惑がかかる
- 判断を自分が引き取らなければならない
という構造が変わらない限り、人は眠れないからです。
ここで必要なのは、福利厚生的な施策ではなく、判断と業務の設計変更です。
生産性を回復させるための三つの視点
① 判断を分散させる
意思決定が特定の人に集中すると、その人の睡眠不足が組織全体のリスクになります。
- 権限委譲
- 判断基準の明文化
- エスカレーション設計
は、睡眠確保のための施策でもあります。
② 緊急対応を例外に戻す
常時オンコール状態の組織では、誰も深く眠れません。
- 何が本当に緊急なのか
- 誰が、どこまで対応するのか
を明確にし、「いつでも対応」を前提とした設計を見直す必要があります。
③ 評価軸を「滞在時間」から切り離す
長時間働いている人ほど評価される構造では、睡眠は削られます。
評価すべきは、
- 判断の質
- 再発防止力
- 問題を未然に防いだ実績
であり、疲弊した状態での踏ん張りではありません。
睡眠は、人的資本経営の基盤である
睡眠は、健康施策でも、私生活の話でもありません。
それは、
- 判断の質
- 組織の安全性
- 長期的な企業価値
を支える、経営基盤です。
睡眠不足による損失とは、数字で測れるもの以上に、誤った判断が積み重なることによる不可逆的な劣化です。
組織が問われているのは「努力」ではなく「設計」
「よく寝よう」という呼びかけは、もう十分に行われてきました。
それでも改善しないのであれば、必要なのは個人の努力を前提としない構造設計です。
当社では、睡眠不足を働き方の問題としてではなく、判断疲労を生む組織構造の問題として捉え、人的資本経営・ガバナンスの観点から組織設計の見直しを支援しています。
投稿者
- ハラスメントを排し、個の真価を最大化する。ケンズプロは、日本の技術が世界を席巻する『正道』を論理で描く、組織ガバナンスの専門パートナーです。
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