つながらない権利とは、勤務時間外に業務連絡への対応を強いられない権利を指します。
デジタル環境の普及により、時間と場所の境界が曖昧になる中で、労働時間管理・従業員の健康確保・私生活の尊重という観点から世界的に議論が進んでいます。日本では現時点で包括的な法制化はされていませんが、安全配慮義務や適正な労働時間管理の延長線上で、企業には実務対応が求められる局面に入っています。これは単なる働き方の問題ではなく、組織の判断基準と統治設計の問題です。
「つながらない権利」は働き方の問題、
「パワハラ」は人間関係の問題。
このように整理されがちですが、実務の現場で見えてくるのは、両者が同じ構造を持っているという事実です。
それは、“個の境界が侵害される構造”が存在しているかどうかという点です。
本稿では、法的要件と組織設計の観点から、その関連性を整理します。
1.パワハラとは「優越的関係による境界侵害」
パワーハラスメントは、法令上、次の3要件で整理されます。
- 優越的な関係を背景とする言動
- 業務上必要かつ相当な範囲を超える
- 就業環境を害する
本質は、単なる「厳しい指導」ではありません。
権限を背景に、相手の人格的・心理的領域を越えることです。
つまりパワハラとは、優越的立場からの境界侵害と捉えることができます。
2.つながらない権利は「時間領域の境界問題」
一方、「つながらない権利」は、勤務時間外の連絡・対応をめぐる問題です。
ここで問われるのは、人格ではなく、時間・生活領域という“個の空間”の境界です。
- 深夜・休日の常態的連絡
- 即時返信を前提とした業務運用
- 応答しないことへの評価的圧力
これらは暴言や威圧ではありません。
しかし、生活時間への侵入が構造化されると、それは「業務」の名の下での境界侵害になります。
3.つながらない権利の侵害は、パワハラになり得るか
結論は、条件次第で該当し得るです。
単なる時間外連絡は、直ちにパワハラにはなりません。
しかし、次の要素が重なる場合、評価は変わります。
- 上司から部下への一方的な指示
- 緊急性がないにもかかわらず即時対応を強要
- 応答しないことへの叱責や評価減点
- 慢性的疲労や精神的負担の発生
この場合、時間外連絡は、業務指示の範囲を超えた優越的立場の濫用と評価され得ます。
つまり、つながらない権利の侵害は、パワハラと同じ構造に接続し得る問題なのです。
4.両者の共通項は「正当性の独占」
パワハラも、時間外対応も、行為者側にはしばしば「正当性」の意識があります。
- 業務上必要だった
- 急ぎだった
- 指導の一環だった
- 会社のためだった
問題は、その正当性を誰が決めているかです。
境界が設計されていない組織では、正当性は常に“強い側の解釈”で決まります。
ここに、両者の共通構造があります。
5.本質は「境界の設計」
つながらない権利とパワハラを分断すると、
- つながらない権利=労務管理
- パワハラ=人間関係
と整理されます。
しかし両者は共通して、
- 管理職の裁量
- 業務量設計
- 評価制度
- 役割定義
という組織設計に依存しています。
境界が明文化されていない組織では、侵害は偶発ではなく、構造的に発生します。
6.ガバナンスの問題として再定義する
この論点を「該当するか否か」の法技術論に矮小化すると、本質を見誤ります。
問われているのは、
- 時間外連絡のルールは明確か
- 断る自由は実質的に担保されているか
- 管理職の責務は定義されているか
- 評価制度は過剰対応を暗黙に評価していないか
つまり、侵害が起きない構造を設計しているかという統治の問題です。
まとめ
パワハラは人格的境界の侵害。
つながらない権利の侵害は時間的境界の侵害。
両者は異なる問題に見えますが、共通しているのは、個の境界が組織によって守られているかどうかという問いです。
つながらない権利の侵害は、一定条件下ではパワハラに接続し得ます。
しかし、重要なのはその前段階で、
境界を設計し、正当性を個人に委ねない構造を持てるか。
法改正や制度整備の流れは、この境界設計を企業に求めているにすぎません。
正しい判断が偶然ではなく必然となる組織であるか。
つながらない権利とパワハラは、その問いを異なる角度から突きつけています。
「つながらない権利」に関するQ&A-よくある質問
Q1. つながらない権利とは何ですか?
つながらない権利とは、勤務時間外に業務連絡への対応を強いられない権利を指します。
デジタル環境の普及により労働時間と私生活の境界が曖昧になる中、従業員の健康確保や適正な労働時間管理の観点から議論が進んでいます。
Q2. 日本では法制化されていますか?
現時点で包括的な独立法としては制定されていません。ただし、労働基準法上の労働時間管理、安全配慮義務、ハラスメント防止義務との関係で、企業には実質的な対応が求められる場面が増えています。
Q3. 企業には法的義務がありますか?
直接的な「つながらない権利」義務規定はありませんが、勤務時間外対応が実質的な労働時間と評価される場合や、過度な連絡が精神的負荷を生む場合には、労務管理・安全配慮義務違反が問われる可能性があります。
Q4. 管理職はどのように対応すべきですか?
管理職には、業務指示の範囲・緊急性の判断・連絡手段の設計について明確な基準を持つことが求められます。問題は「連絡の有無」ではなく、「組織としての判断基準が設計されているか」です。
Q5. 中小企業でも対応は必要ですか?
企業規模に関わらず、デジタル連絡が常態化している場合は対応が必要です。むしろルールが明文化されていない組織ほど、リスクが顕在化しやすい傾向があります。
Q6. どのような対応から始めるべきですか?
まずは、勤務時間外連絡の実態把握と、緊急時対応基準の明文化から着手します。その上で、管理職教育と統治設計に落とし込むことが重要です。
投稿者
- ハラスメントを排し、個の真価を最大化する。ケンズプロは、日本の技術が世界を席巻する『正道』を論理で描く、組織ガバナンスの専門パートナーです。
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