アカハラを「専門性と評価の閉鎖構造」で捉える
アカハラ(アカデミックハラスメント)とは、大学や研究機関において、教育・研究上の地位や専門性を背景に、学生・院生・若手研究者の尊厳や学修・研究環境を侵害する行為を指します。
しかし、アカハラの本質は、単なる暴言や不適切な指導ではありません。
- なぜ学生や院生は声を上げられないのか
- なぜ周囲は「指導の範囲」として見過ごしてしまうのか
- なぜ問題が表面化したとき、大学が判断に迷うのか
これらは、アカデミア特有の構造そのものから生じています。
当社は、アカハラを「行為」だけではなく「専門性と評価が閉じた構造」で定義します。
当社の定義
アカハラとは何か(構造定義)
アカハラとは、指導内容の厳しさそのものではなく、「専門性・評価・進路決定が一方向に集中した構造」の中で、異論や拒否、相談が成立しなくなった状態です。
多くのアカハラ事案には、次の共通構造があります。
- 専門性が高度で、外部から評価しにくい
- 指導教員が研究テーマ・評価・進路を握っている
- 学生・院生が将来不利益を恐れて沈黙する
- 研究室が閉鎖的で、他者の介入が難しい
その結果、
「指導だから仕方ない」
「研究の世界は厳しいものだ」
「本人のためを思ってやっている」
という言葉のもと、
拒否できない指導関係が固定化します。
アカハラは「教育熱心さ」や「専門指導」から始まる
実務で多いのは、次のようなプロセスです。
- 指導が個別・密接になる
- 成果や進捗への要求が強まる
- 研究以外の生活や人格に踏み込む
- 相談先が事実上、指導教員しかなくなる
- 学生が「逆らえない」と感じる
この段階では、
- 指導教員本人に悪意はなく
- 周囲も問題として認識しにくい
ことが少なくありません。
しかし構造的には、
- 評価権限の集中
- 相談経路の機能不全
- 判断を引き取る主体の欠如
が進行しています。
なぜアカハラ対策は後手に回りやすいのか
アカハラ対策が難しい理由は、大学構成員の意識の問題ではありません。
- 専門性が高く、外部が口を出しにくい
- 研究の自由と指導の裁量が広い
- 研究室単位で完結する文化
- 「学問の世界だから」という暗黙の了解
これらが重なり、
- どこからが不適切指導か分からない
- 誰が止めるのか決まっていない
- 結果として、問題が深刻化する
という構造が生まれます。
アカハラ対策の本質は「評価と指導の分離」にある
当社が重視するのは、次の問いに答えられる大学をつくることです。
- 指導の正当性は誰が判断するのか
- 研究評価と生活指導はどこで切り分けるのか
- 指導教員が迷ったとき、誰が判断を引き取るのか
- 学生・院生が安全に相談できる経路はあるか
つまり、個々の指導の是非ではなく、判断と評価を閉じさせない構造を作ることが対策です。
当社が考えるアカハラ対策(構造設計)
1. 指導・評価・進路決定の権限集中を見直す
- 単独指導体制のリスク整理
- 複数教員・組織関与によるチェック設計
2. 指導の境界線を言語化する
- 学修・研究指導と私的干渉の線引き
- 正当な指導と不適切介入の判断基準整理
3. 判断を研究室の外に出す
- 研究室内で完結させない相談・判断ルート
- 事務部門・委員会・執行部の役割整理
アカハラ対策は、大学の信頼と研究環境を守る施策である
アカハラは、
- 学生・院生の尊厳と将来を損ない
- 研究環境を疲弊させ
- 大学の社会的信頼を低下させます
対策は、指導の自由を奪うものではありません。
学問の自由と人権を両立させるための統治設計です。
当社の支援について
当社は、
- アカハラ相談対応
- 指導教員への個別対応
- 再発防止を目的とした構造改革
- 大学向け研修・運用設計
に、実務として関わっています。
現場の感情論ではなく、判断と構造の問題として整理し、大学の実情に即した支援を行います。
まとめ
アカハラとは、厳しい指導の問題ではなく、専門性と評価が閉じた「構造の問題」です。
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