なぜ「いい人」がセクハラ行為者になるのか―善意・優しさ・サービス精神が、境界線を曖昧にする

セクハラ事案が発生したとき、企業内ではよくこんな言葉が聞かれます。

  • 「まさか、あの人が」
  • 「普段はとても良い人なのに」
  • 「部下思いで、面倒見のいい上司だった」

そして多くの場合、この違和感は「例外的な出来事」「本人の一時的な判断ミス」として処理されがちです。

しかし、私たちは数多くのセクハラ行為者個別指導を通じて、ある共通した構造を見てきました。

セクハラ行為者の多くは、意図的に誰かを傷つけようとした人ではありません。

むしろ、

自分は「いい人」だ
自分は「相手のために行動している」

という自己認識を、強く持っている人です。

セクハラは「悪意」より「誤った自信」から起こる

セクハラ行為者に共通する特徴として、次のような傾向があります。

  • 人当たりが良い
  • サービス精神が旺盛
  • 場の空気を和ませるのが得意
  • 相手との距離を縮めることに抵抗がない
  • 「自分は嫌われない」と無意識に思っている

これらは本来、組織にとってプラスと評価されやすい資質です。

しかし、この資質が境界線の意識を伴わないまま発揮されたとき、問題が起こります。

  • 相手が困っているサインを「照れ」や「好意」と誤読する
  • 断りづらい立場を考慮しない
  • 私的領域に踏み込んでいる自覚がない

本人にとっては、

相手を喜ばせている
関係を良くしている

という感覚であり、「加害している」という認識がほとんどないことも少なくありません。

「善意のハラスメント」が是正しにくい理由

行為者が自分を「悪い人」だと思っていませんし、実際、悪い人ではありません。

  • 悪意はなかった
  • むしろ配慮していた
  • 相手も嫌がっていないと思っていた

この状態で、

  • 感情的に非難する
  • 人格を否定する
  • 「常識がない」と切り捨てる

と、行為者は強い防衛反応を示します。

結果として、

  • 表面的な謝罪
  • 本質を理解しないままの再発防止策
  • 同じことの繰り返し

が起こります。

必要なのは「反省」ではなく「判断軸の再設計」

私たちは、セクハラ行為者個別指導において、「反省してください」という指導は行いません。

代わりに行うのは、

  • 業務と私的領域の線引き
  • 権限差がある関係での「同意」の不成立
  • 相手の感情ではなく、構造で判断する視点

つまり、行為の善悪ではなく、判断軸そのものを再設計することです。

多くの行為者は、

「どこからがアウトなのか」
「なぜ、それが許されないのか」

を、初めて言語として理解します。
この瞬間に、

  • 行為を人格から切り離して捉えられる
  • 自分の行動を再現性のある形で見直せる
  • 次にどう判断すべきかが明確になる

行動変容は、ここから始まります。

「いい人」を吊るさないことが、組織を守る

セクハラ行為者を「悪い人」「問題のある人」として排除することは簡単です。

しかしそれは、

  • 組織の判断軸を育てない
  • 同じ構造を温存する
  • 別の場所で同じ問題を繰り返す

という結果を招きます。

本当に必要なのは、
「なぜ、その判断が生まれたのか」を構造として解体し、再構築することです。

アカデミックセクハラにも共通する構造

アカデミックセクハラでも、同じことが起こります。

  • 「指導のつもりだった」
  • 「教育熱心だった」
  • 「面倒を見てやっていた」

強い権限と評価の非対称性の中で、善意と支配、親切と侵害の境界が曖昧になる。

ここでも必要なのは、善悪の断罪ではなく、判断構造の可視化です。

私たちが行為者個別指導を行う理由

セクハラやアカデミックセクハラは、制度や研修だけでは再発を防げません。

必要なのは、

  • 個人の判断軸
  • 組織としての線引き
  • その両者をつなぐ実装

私たちは、「いい人」を守るためではなく、組織の判断水準を守るために行為者個別指導を行っています。

問題を「処理する」のではなく、判断できる組織をつくるために。

投稿者

株式会社 ケンズプロ
株式会社 ケンズプロ
ハラスメントを排し、個の真価を最大化する。ケンズプロは、日本の技術が世界を席巻する『正道』を論理で描く、組織ガバナンスの専門パートナーです。