ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル(自然退職)事件

精神的な攻撃/個の侵害/アルコールハラスメント

事件名

地位確認等請求控訴事件

いわゆる事件名

ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル(自然退職)事件

事件番号

平成24(ネ)2402

争点

自然退職扱いとされたホテル従業員がパワハラを理由に損害賠償と地位確認等を求めた事案(労働者一部勝訴)

事案の概要

ホテル経営会社Y社に雇用され、営業本部セールスプロモーション部門に所属し、休職期間満了による自然退職扱いとされた従業員Xが、上司Y次長からパワハラを受けたことにより精神疾患等を発症し、その結果、治療費の支出、休業による損害のほか多大な精神的苦痛を受けたとして、不法行為に基づく損害賠償金の連帯支払を求めるとともに、この精神疾患等は業務上の疾病だとして、地位確認及び賃金支払を求めた事案の控訴審判決。

  • 勤務先:Y社=ホテル経営会社
  • 行為者:Y次長=Xの上司
  • 受け手:X=Y社に雇用された営業本部セールスプロモーション部門所属従業員

背景

Xは、入社当初から、取引先への回答遅延等のミスが複数回みられた。

行為

<①飲酒強要>

  • 出張中、Xのミスによる不手際の反省会で、Y次長がXにビールを勧めたところ、いつもは付き合いのため少量のビールを飲むXが風邪気味だったこともあり、断った。これに対し、Y次長が「少しぐらいなら大丈夫だろ」「お前、酒飲めるんだろう。そんなに大きな体をしているんだから飲め」「俺の酒は飲めないのか」などと語気を荒げ、極めてアルコールに弱い体質のXに対し、執拗に飲酒を強要した。Xは、英文パンフレットの件で迷惑をかけたこともあり、上司であるY次長の飲酒強要を断ることができず、飲酒した。Xは気分が悪くなりトイレで嘔吐し、その旨をY次長に伝えたが、Y次長は「酒は吐けば飲めるんだ」などと言って更に飲酒させた。全体の酒量はコップ3分の2程度であった。
  • 反省会後も、ホテルのバーでY次長がXに酒を勧め、Xは小さめのコップ3分の1程度飲酒した。
  • Xは数日後に気分が悪くなり、有給休暇取得、欠勤を繰り返し、急性肝障害にり患していることが判明、約半月欠勤し、その間、Xは精神神経科も受診した。

<②運転強要>

  • Y次長は反省会の翌日、昨夜の酒のために体調を崩していたXに対し、レンタカー運転を強要した。

<③メールと留守録による暴言>

  • Xが、外出先から直帰せずに一旦帰社するようにとのY次長の指示に従わず、これに気づいたY次長がXに電話しても、既に自宅近くであることを理由にXは帰社を拒否した。憤慨したY次長は、同日午後11時少し前に、Xに対し、「まだ銀座です。うらやましい。僕は一度も入学式や卒業式に出たことはありません。」との内容のメールを送り、さらに同日午後11時過ぎ2度にわたって携帯電話に電話をし、その留守電に、「えーXさん、あの本当に、私、怒りました。明日、本部長のところへ、私、辞表を出しますんで、本当にこういうのはあり得ないですよ。よろしく。」、「Xさん、こんなに俺が怒っている理由わかりますか。本当にさっきメール送りましたけど、電話でいいましたけど、明日私は、あのー、辞表出しますので、でー、それでやってください。本当に、僕、頭にきました。」と怒りを露わにした録音を行った。
  • その後の出社時に、Y次長はXに対し、上記について謝罪した。

<④留守録による暴言>

  • Xは平常勤務を続けていたが、精神神経科を受診していた。
  • Xが夏季休暇を申請していたことを知らなかったY次長が、Xの夏季休暇初日に重要案件の打ち合わせ等をすることをXに伝え、Xは異議を述べなかったが、Xが夏季休暇で出社せず、Y次長がXに電話しても、Xは夏季休暇を申請していることはわかることとして出社を拒否した。
  • このため一人で案件対応したY次長は、午後11時頃、夏季休暇中のXの携帯電話の留守電に、「出ろよ。ちぇっ、ちぇっ。ぶっ殺すぞ、お前」「お前、辞めていいよ。辞めろ。辞表を出せ、ぶっ殺すぞ、お前」等と語気荒くして録音した。

会社の対応等

  • ④の留守録を聞いて不安になったXは、夏季休暇明けに労働局労働相談コーナーに相談し、アドバイスに従って、本部長に面会し、留守録を聞いてもらった。本部長は、「Y君(次長)から君への指揮監督権は剥奪しよう」「人事部から正式な注意をするようにさせよう」と回答した。
  • その後もXは勤務したが、精神神経科には通院していた。
  • 本部長は、Xを直接の部下としたが、Xの座席はY次長の座席の隣のままだった(Xからの苦情はなく、Y次長とXの業務上の接触も少なくなる)。
  • (留守録事件から約5か月後)Xの判断で会社に約160万円の費用負担が発生する出稿手続きを進めていたことが判明し、上司Zが対応して損害を最小限に抑えた。
  • このため会社は、Xを担当業務から外し、年俸を50万円減額して450万円にし、上司Zが説明してXの了解を取り付けた。
  • その後、Y次長が、必要な業務のためにXに期限を付した資料提出を求めたところ、Xは期限を守れず、Y次長が連日催促した。
  • (留守録事件から約7か月後)Xは、営業部責任者との面会時に、精神神経科通院の事実と留守録の件を伝え、その約1か月後から有給休暇をとり、その後も適応障害にて1か月後半程度の自宅療養の必要を認めるとの診断書を提出して欠勤した。それ以後の詳しい病状のY社への報告はなかった。なお、Y社は90日の休職命令を発令し、これに対してXは異議を出さなかった。
  • 休職期間満了前に、会社からXに休職期間満了予告通知のメールを出すと、Xからは、担当医に相談している旨と労災認定に向けて労基署に相談している等の返信があった。
  • そのまま休職期間が満了し、自然退職の処理がなされた。

Xによる提訴

  • Xは、パワハラにより適応障害等を発症したとして、Y次長とY社に対し損害賠償請求(慰謝料・休業損害合計約477万円)をするとともに、Y社に対し、精神疾患は業務上の疾病であり休職命令・自然退職は無効と主張して、地位確認と賃金を請求して、提訴した。

判決の概要

東京高裁は、①〜④についての不法行為を認め、Y次長とY社に対して150万円の慰謝料の支払いを命じた(Y社は使用者責任により連帯責任)。他方で、休職命令無効と自然退職無効の確認請求については棄却した。

判決の理由

①Xは、少量の酒を飲んだだけでもおう吐しており、Y次長は、Xがアルコールに弱いことに容易に気付いたはずであるにもかかわらず、「酒は吐けば飲めるんだ」などと言い、Xの体調の悪化を気に掛けることなく、再びXのコップに酒を注ぐなどしており、これは、単なる迷惑行為にとどまらず、不法行為法上も違法というべきである。
②たとえ、僅かな時間であっても体調の悪い者に自動車を運転させる行為は極めて危険であり、体調が悪いと断っているXに対し、上司の立場で運転を強要したY次長の行為が不法行為法上違法であることは明らかである。
③留守電やメールの内容や語調、深夜の時間帯であることに加え、従前のY次長のXに対する態度に鑑みると、同留守電及びメールは、Xが帰社命令に違反したことへの注意を与えることよりも、Xに精神的苦痛を与えることに主眼がおかれたものと評価せざるを得ないから、Xに注意を与える目的もあったことを考慮しても、社会的相当性を欠き、不法行為を構成するというべきである。
④深夜、夏季休暇中のXに対し、「ぶっ殺すぞ」などという言葉を用いて口汚くののしり、辞職を強いるかのような発言をしたことについては、本件留守電に及んだ経緯を考慮しても、不法行為法上違法であることは明らかであるし、その態様も極めて悪質である。

  • 以上の通り、Y次長は、本件パワハラについて不法行為責任を負う。
  • そして、これらは、本来の勤務時間外における行為も含め、いずれもY社の業務に関連してされたものであることは明らかであるから、Y社は、民法715条1項に基づき使用者責任を負うというべきである。

違法とされなかった行為

  • 期限を守れないXに対し、Y次長が連日催促したことは、Xの業務が過大という程増大したと認めるに足りる証拠はないから、違法とはいえない。

休職命令と自然退職の有効性について

  • Xが発症した適応障害等がY次長のパワハラ行為によるものと認めることは困難であるから、休職命令は有効である。
  • Xは会社からの告知を受けていたのに、復職願いや相談等の申出をすることなく自然退職に至ったのだから、退職扱いが権利濫用とはいえない。

ポイント

  • 業務時間外や深夜に頻繁に連絡する行為は、受け手の個人的領域踏み込み私生活を妨げる「個の侵害」に該当する。緊急やむを得ない場合以外は控えるべきである。
    相手が飲酒を拒んだとき、相手がアルコールに弱いことに気づいたときは、直ちにアルコールを勧めることをやめるべきである。上司は、部下の体調や体質を気遣い、アルコールが身体に悪影響を及ぼしていないか気にかけ、健康や業務に支障をきたすような飲酒は控えるよう注意すべき立場にあることに留意しなければならない。
  • 体調不良者や、運転を拒否する者に対し、運転を強要することは極めて危険であり、慎まなければならない。本人が拒否しなくても、体調不良を感じ取り、運転を控えるよう注意すべき立場にあることに留意しなければならない。
  • 判旨は、Xがパワハラを訴えた後もY社がXとY次長を隣席のままにさせたことを、被告らに不利な事情として斟酌した。使用者としては、パワハラ行為が判明した後は、二次的被害を生じさせないよう、当事者を物理的に離すなど適切な対応を講じることも必要である。
  • Xが頻繁にミスをしていたのは、Xの能力不足か、またはパワハラ被害により萎縮し集中力や生産性を欠いたためか、持病や適応障害によるものかの検討が必要である。いずれにしても、人格を否定する言葉でののしったり、私生活を阻害したりする方法ではなく、個々人の能力や成長、特性に合わせた指導・育成・コミュニケーションを心がけることが大切である。

投稿者

株式会社 ケンズプロ
株式会社 ケンズプロ
ケンズプロは、パワハラ・セクハラ・ペイハラ・カスハラ等ハラスメント対策や女性活躍推進、採用ブランディングなどを支援する人事コンサルティング会社です。