ジャニーズ事務所のジャニー喜多川元社長によるタレントへの大規模な性加害行為問題を受け、各企業が所属タレントのCM起用を見合わせたり、スポンサーとなっている番組への出演に難色を示すなどの動きを見せています。
これは、人権侵害企業に利益をもたらしてはならない、という感情論ではなく、「ビジネスと人権」の大原則だからです。
国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」により、企業は、直接の当事者としてのみならず、サプライヤーなど第三者を通じたサプライチェーン上の人権リスクにまで「包括的責任」を負うことが求められるようになりました。
人権侵害企業との関与を続けると、人権侵害を容認しているとみなされます。
取引を停止することで、「人権侵害を許さない」という企業信念を示すことになります。
事業規模に関わらず、各企業は、親会社や子会社、取引先、株主や投資家、消費者、求職者等から、人権尊重を求める圧力を受けている状態です。
特に海外のステークホルダーの圧力は厳しく、日本企業は、自社が直接的に人権侵害をしていなくても、原材料の調達やサービスの提供等で関与する取引先や、取引先の取引先に人権侵害がある場合でも、包括的な責任を負うこととなり、世界に広がるサプライチェーンから締め出されてしまうのです。
ゆえに、世界にサプライチェーンを広げている企業は特に、人権侵害のある企業との取引を停止せざるを得ません。
締め出されるパターン
- 自社が直接人権侵害をしている場合
- 現地子会社が人権侵害をしている場合
- 【取引関係による繋がり】中小企業サプライヤー、運送業者、広告代理店等が人権侵害をしている場合
人権侵害のあったジャニーズ事務所と直接的または間接的に関わっていると、世界各国から原材料を調達できなくなったり、世界各国に商品やサービスを売ることができなくなったりするのです。
ただ、この間にもう少し段階が踏まれるべきです。
必要なのは、「人権デュー・ディリジェンス」です。
セクハラ(性加害)と人権デュー・ディリジェンス
企業が人権への影響を特定し、予防し、軽減し、そしてどのように対処するかについて説明するために、人権への悪影響の評価、調査結果への対処、対応の追跡調査、対処方法に関する情報発信を実施する一連の流れを、「人権デュー・ディリジェンス」と言います。
セクハラ(性加害)発生の実態と、その人権への影響度を調査し、影響に対する対処方法を検討し実践すると同時に、以後どのように予防し、追跡調査し、対処するかという方針を外部に発信することは、企業に求められる社会的責任の一つです。
ジャニーズ事務所は、「我が社ではこのように人権侵害を予防します」「我が社及び取引先で人権侵害が発生していないかをこのように調査します」「万が一我が社及び取引先で人権侵害が発生した場合は、このように救済します」ということを文書化し、発信する必要があります。
と同時に、取引企業にも、「サプライチェーンの管理」が求められていることを忘れてはなりません。
人権侵害リスクがないか取引先をモニタリング調査し、リスクが高まった段階では是正を求め、モニタリングを継続する責任が、取引企業にもあります。
これを怠っていたスポンサー企業やテレビ局が、取引停止という最終手段に出たことには、必要な段階を踏んでいないという批判があるのは当然でしょう。
とばっちりを逃れ自社の身さえ守ることができればという自己中心的な文化から脱し、サプライチェーン上の企業に属する人たちの人権にまで責任を持つことで、真に人権を尊重する企業として堂々と信頼を勝ち取るべきです。
今後は、人権デュー・ディリジェンスのプロセスを踏んでいただきたいものです。
企業方針の策定
セクハラ(性加害)を予防・根絶し、人権を尊重するという責任ある企業行動(RBC)を企業方針及び経営システムに組み込み、発信します。
- 自社セクハラ対策方針(ポリシー)の作成・公開
- セクハラ対策への取組の責任者を含むマネジメント体制の説明 など
人権への影響評価(人権インパクト・アセスメント)
深刻度
仮にセクハラ(性加害)が顕在化した場合に引き起こされる人権侵害の深刻さを評価します。
人権侵害がどれだけ被害者らにとって深刻であるか、すなわち人のリスクの深刻さであり、企業にとっての事業影響等の深刻さではありません。
- 規模(人権侵害が命に与える影響度合い)
- 範囲(影響を受けている、又はその可能性のある人の数)
- 是正可能性(影響を被った被害者が、当該人権を享受していた元の状態に復帰できる可能性)
影響が生じる可能性
事業活動を行う国の状況(法律体系、社会慣行、救済措置の有無)や業界の状況に基づいて評価する方法が考えられます。
具体的な手段
- 自社従業員及びマネジメントへのヒアリング
- 取引先やその他関係者へのヒアリングやアンケート
- 関連する社内書類・記録のレビュー
- 業界・地域特有のリスクや国内外の潮流に関するデスクトップリサーチ、等
予防/是正措置の実施
教育・研修の実施
- 担当従業員による社内研修
- 外部講師による社内研修
- 外部の研修・講演会への参加
- eラーニング、等
社内環境/制度の整備
- セクハラ防止規程の整備
- 社内/社外相談窓口の整備
- セクハラ防止・対応マニュアルの整備
- より公平な採用基準の採用
- より公平な評価基準・キャリアパスの採用、等
サプライチェーンの管理
- サプライヤー行動規範/調達ガイドラインの策定
- サプライヤーに対するセクハラに関する要求事項を記載(セクハラ・差別の禁止等)
- ウェブサイトによる公開や契約時に行動規範への署名を求める、契約条項に含める等の措置を通して、サプライヤーに周知し対応を求める
- サプライヤーのセクハラ対策への取組状況のモニタリング
- サプライヤーの工場等の監査の実施により、セクハラに関するリスクの状況を確認・評価し是正を求める
- 調達基準へのセクハラ対応に関する要求の採用
- より人権を考慮した企業活動を実施するサプライヤーからの調達へ切り替える
モニタリング(追跡調査)の実施
- 定期的な従業員/取引先アンケートの実施
- 従業員の勤務状況/労働時間のモニタリング/労働組合との意見交換 など
外部への情報公開
一連の取組・対応に関して、外部への情報公開を適切に行うことも企業が果たすべき責任の一部です。
企業は、自社がどのように人権に関するリスクを評価し、どのようにその予防や改善に取り組んでいるのか、全てのステークホルダーに対して十分に説明しましょう。
情報公開方法の例
- 自社ウェブサイトに掲載
- 年次報告書に掲載
- 統合報告書に掲載
- サステナビリティ・レポートに掲載
- 人権報告書に掲載、等
救済措置
人権への悪影響を引き起こしたり、又は助長を確認した場合、企業は正当な手続を通じた救済を提供する、又はそれに協力することが求められています。
(実際に引き起こされた負の影響に対応するための)苦情処理メカニズムの整備
- 社内向けホットライン(苦情/相談窓口)の設置
- サプライヤー向けホットライン(同上)の設置
- お客様相談室の設置 など
(出典)
OECD「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」
https://mneguidelines.oecd.org/OECD-Due-Diligence-Guidance-for-RBC-Japanese.pdf
法務省資料『今企業に求められる「ビジネスと人権」への対応 詳細版』(「ビジネスと人権に関する調査研究」報告書)https://www.moj.go.jp/content/001346120.pdf
セクハラ(性加害)が被害者に与える影響は、一時的なものにとどまりません。10年、20年、あるいは一生涯、被害者を苦しめ続けます。
雇用主や第三者からのセカンドハラスメントも加われば、深刻度は一層増します。
日本企業にはこれまで以上に、当事者の性別を問わず、セクハラ予防及び発生時の是正・救済システムを整備し実行することが強く求められるようになります。
「我社は大丈夫」「知らなかった」では済まされません。
「あるかもしれない」という危機感を維持した上で第三者を入れて調査することから。
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